2008年07月23日

「今日の占い 教皇 正位置」





「本日の占いは正位置の教皇」

<カードを読み解く>
精神的に満たされている一日になります。
みなさんとの協力体制や、精神的つながりを大事にすると、問題の解決が図れそうです。
自分のこれまでの悩みなども含めて、一歩進んだ形での活動ができるでしょう。
また、ほかのみなさんに対しても、精神的な安息を分け与えることができます。
ゆったりと大きく構えて、先を見越したアドバイスができそうです。

精神的には満たされているため、かえって金銭面においては注意が必要です。
「今日は気持ちがいいから」的に散財すると、後ほど痛手となる可能性があります。

その点を配慮できたら、今日一日はしあわせな一日になるでしょう。



参考:「教皇 wikipedia」

描かれている人物は、その名が示す通り教皇と双子の聖職者がモチーフとされ、教皇が人々を祝福し、罪を赦(ゆる)す場面は「慈悲」の象徴とされる。中心の教皇、下部の二人の人物、上部の二本の柱が、トランプやサイコロなどで表される「5」の形をとり、「教皇」が「5」の支配者として揺るぎない立場にいることを表している。ウェイト版では女教皇と同様の構図で二本の柱が描かれるが、教皇の柱はより対称的に描かれている。
「教皇」は「皇帝」とは異なり宗教的な律法を司る。『罪』を社会的道徳ではなく宗教的聖性に基づいて裁きを下す。また「教皇」と「女教皇」は共に“教皇”であるが「教皇」は書物を持っていない。これは書物による法文の確認を必要としない、即ち、教皇自身が法であることを示す。教皇が左手に掲げる杖の先端には「霊」を象徴する十字架が3つも取り付けられている。この杖は、特にマルセイユ版では手袋とあわせて“超越的な力を所有するのが個別的な人間の手ではないことを示す”と解釈している。また教皇の頭には「女教皇」と同様の三層の冠を確認できる。これらの「3」は「霊的要素」の強調(象徴学的な重複表現)を示し、「教皇」の『力』が(キリスト教の三位一体などの)人間の精神・肉体・魂におよんでいることを表している。
また、両版とも教皇と下部の二人の人物を見比べると、明らかに人物の大きさの比率が不自然であることがわかる。これは二人の人物がドワーフや小人症など小さな人物なのでは無く、教皇が巨大なのである。これは「教皇」が、神的なものと関わりを持とうとする人間の努力が、外在的に形を帯びたもの、即ち「教皇」を『投影的イメージの象徴』とする解釈が行われている[1](もっとも、前近代の図像学(イコノロジー、図像表現における記号的な決まりごと、約束の体系)においては、重要な人物をリアルな比例を無視して巨大に描くことはごく一般的なことであった)。ここに描かれる二人の人物は聖職者を表し(マルセイユ版では少々分かり難いがウェイト版同様、二人ともザビエルのような聖職者特有の剃髪が行われている)特にウェイト版に見られるように判で押したように瓜二つなことから双子と解釈される。双子は象徴的に二面性を表し、人間の宗教的部分、また人生のあらゆる場面における二面性を表している。
また、全体の構図は悪魔と対になっており、悪魔のカードでは教皇が悪魔となり、下の二人が前向きで描かれている。故に(?)マルセイユ版の教皇はそっぽを向き、下の二人に対してどこか冷ややかな態度である。

<正位置の意味>
慈悲、連帯・協調性、法令・規律の遵守。
<逆位置の意味>
守旧性(アンシャン・レジーム)、束縛、躊躇、お節介。


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