2011年11月26日

はじめてのブログ記事

2007年4月10日
はじめてブログを書いてみた時の、
その第一回目の記事が、こんな記事でした。





「自分を大事にする」
私が言う「自分を大事にする」ということは、
自分の悪いところを認めることだと考えています。

人は誰しも、自分の悪いところは見たくないし、認めたくはない。

「悪いところをなんとかする」
そのためには4つの方法があります。

「悪いところを克服する」
「悪いところは見ない(見えないふり)」
「自分よりも悪い人を見つけて、『自分は悪くない』とする」
「悪いところを認めた上で、そんな自分と付き合う」

1つ目の方法はわかりやすい。
まさに努力することで克服するわけです。
しかし、なかなかこれはできるものではない。
また、一つ二つ克服したところで、人間は欠点だらけです。
神でもない限り欠点をなくすことはできないでしょう。

では、2つ目の方法はどうでしょうか。
悪いところは見ない。または見えても見えないふりをする。
一見、これがよい方法に思えますが、実はこれはダメです。
問題を先送りにし続けるだけで、根本的に何も解決していないからです。

3つ目の方法は、考えるまでもありません。
完全な逃げの姿勢であり、これこそが最も危険です。人を傷つけ、貶めます。
ことはさらに悪く、一度貶めても自身が変わりないため、
人に指摘される度に、他人を傷つけ・貶めることになります。

こうなってくると、4つ目の方法しかありません。
悪いところを認めた上で、そんな自分と向き合う。
一見、ツラいと感じると思います。
しかし、自分の悪いところを認めることができる人は、
他の人に助けを求めることができるのです。
自分の足りないところを補うため、
素直に人に「できない」ことを伝え、助けてもらう。
これにより、他の人の悪いところも認めることにつながり、
結果として他人も認めることができるのです。

「自分を大事にする」ということは、「他人を大事にする」ということ。
それは「みんなを」ひいては「地球を」大事にするということになるのです。
誰かの犠牲の元に成り立つ社会ではなく、みんなが幸せになれる。

そうしてはじめて、教育は、日本は、世界は、この世は、良くなるのだと。
それこそが、これからの新しい時代を切り開くことになるのだと、そう思います。


幸せという 花があるとすれば
その花の つぼみのようなものだろうか
辛いという 字がある
もう少しで 幸せに なれそうな字である
          
星野富弘 花の詩画集「速さのちがう時計」より


「辛いところまで来たら、幸せまではあと一歩」


・・・ということで見直してみましたが、
昔の自分の言うことももっともだなと思いながらも、
「4つ目の方法しかありません。」と言い切っているところが、
自分の最大の欠点だと、そう気が付きました。

4年間いろんなことをやってきて、その振り返りをした時、
「これだ!!」と決めつけてかかることの危険性と
それによって人を傷つけてきたことのなんて多いことか。

決めつけることによって、
自分だけではなく、他社に対しても「脅迫している」
イメージと、その感覚があるなと。

そこを素直に反省しつつ、変えていきたいと思います。
もちろん、難しく考えずに、気楽に、ね♪

結構、こうして自分の過去を振り返るのって
おもしろいですよね☆



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Posted by くみちょう at 20:00│Comments(0)まじめ
 
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