2011年12月27日

「目標達成型」と「天命追求型」

こういうタイトルだと、ちょっと宗教じみている、
とか思う人もいるかもしれません。
でも、別に「天命」って大げさなモノでもなんでもないんですよね。

いまの自分がしあわせで、
これから先、どんな生き方をしてもしあわせになれる自信があって。
でも、立派な目標があって生きているわけではない。

天から授かった「しあわせ」を見つける力で、
目の前にあることを一つ一つ挑戦していって、
その積み重ねが、あとで振り返ると人生の一段一段になっている。

「目標達成型」と「天命追求型」



過去にこんな記事を書いたことがあります。
「私には夢がありません」

実は、なんでわざわざこんなことを書いたかというと、
世の中、いろんな勉強会だとか、自己啓発だとかに
出ていると、よく言われるんです。

「夢をもとう」って。

たしかに、その通り夢が持てる人はそれでいいと思います。
でも、私のように「夢が持てない人」もいるのです。

が、いままで「それはおかしい」
というように言われることが多く、自分でも悩んできました。

しかし、最近、特に今年になってから、
いろんな人と関わる中で、同じことを聴くことが多くなりました。

それがタイトルの言葉。

「目標達成型」と「天命追求型」

「夢を持てる人」、というのは、「目標達成型」の人。
「これ」という目標・夢をしっかりと持って、
それに向かって突き進める人。
夢がしっかりしているからこそ、
多少の困難も動じずに突き進むことができる。

でも、全員がそのタイプだとは限らない。

私のようなタイプの人もいる。
それが「天命追求型」
そういう人は、「目の前にあることに最善を尽くす」ことで
人生が豊かになっていく。

目の前にいる人をしあわせにする。
目の前にあることに全力を尽くす。

この繰り返しで、自分は成長をしてきて、
でも、まわりのいろんな「成幸者」(しあわせ)と言っている人を
見てきた中で、自分の生き方がわからなくなっていた部分がある。

でも、こうして「天命追求型」の生き方もあるんだってことを聴けて、
「ああっ、自分以外にもこうした生き方の人がいるんだな」ってことに
安心するとともに、自信を持って進むことができるな、と。


今回、そんな話をいただいたのは、
先日のクリスマス講演会における「中村文昭」さんの言葉。

そして、いつもお世話になっている
「コーチ賢ちゃん」の「平尾賢弘」さんの言葉。

このお二人の言葉で、自分自身に自信を持って
これから先、生きていけるなと、そう感じています。

それが確認できたのが、まさに今年という一つのターニングポイントの年。
これまでの自分を整理して、
これからの生き方をピシっとしていきたいと思って、
悩みながらも活動をしてきた、その成果だと感じています。

こうしてお話をいただけたこと、本当にありがたいお話です。

やっぱり、私はしあわせものですね。
こうして必要な時に必要なアドバイスをいただけるのだから。


自分の生き方である「天命追求型」

改めて、それをしっかりと確認ができたなと思っています。

みなさんは、どっちの生き方があってるなあと思いますか?



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Posted by くみちょう at 20:00│Comments(0)まじめ
 
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