2012年09月25日

「教え育つ」ではなく「共に育つ」のが愛情

【「できるよろこび」を味わうことの大切さ】
~愛情深くても子供が愛情を持てるとは限らない~

「一言でいうと」
愛情をかけても愛を持った子に育たないのは
【できるよろこび】を味あわせ損なっているから

「具体的には」
お金がなくて困っている人に
お金の稼ぎ方を教えるのが「愛情」で
お金を渡すのは「甘やかし」です

「なぜならば」
本人ができるようにならない限り
永遠と「もらうだけ」の人間にしかならないから

「したがって」
失敗することも含めて 挑戦をさせることができるのが
本当の【愛情】であり
そこで「自分は挑戦して いつか成功できるんだ」
という自己肯定感を育むことができて
はじめてその人は「同じように人にも愛を持って接しよう」
と考える余裕を持てる

「表面的な【与えること】を【愛情】だと勘違いしていると」
とにかく大切にする
とにかく言うとおりにする
求められたことに対応する
ということをしてしまいがちです
そうすると「自立」できない人間になり
結果として人に「貢献」もできない

それは「愛情」を持って接しているようでいて
実はその人の将来を摘み取ることになってしまう

「まとめると」
物事に挑戦し 失敗をしつつも
それを受け止めて何度でもチャレンジし続ける土壌をつくり
「成功するまで挑戦し続ける人間」に育てることが
真の「愛情」であり 教育に必要なことです





あっ「教育」って言葉を使いましたが
どちらかといえば「共育」です

これぞ忍耐であり これぞ「愛情」
「失敗や尻拭いは自分がして 成功したら子供をほめる」
これができるのが真の親の姿

その時 子供だけでなく親も大きく成長する
だから「共」に「育」つ

そんな視点でなくては 人は育たない

言葉でいうのは簡単だけれど
なかなかできないからこそ
簡単そうに見える「成功哲学」だとか「教育論」が
世の中で流行ることになるわけで


難しいことを言っているように見えるけど
子供たちが慕う大人って
みんな そうした「愛情ある厳しさ」を持ってますよね

まあこんなことを言っている私が
どこまでできているかはわかりませんが
少しでもそうした「愛情ある厳しさ」を持つ
大人になるように 実践し続けたいと思います


子供を見守るって
生半可な気持ちじゃできないことですよね

そして子供だけに限らず
大人相手にしても同じことだと実感しております

いや子供以上に 大人相手だと大変だけど
それでもその人に成長を願うのであれば
自分はそれ以上の愛を持って「失敗を受け入れる」ようにしないとね♪


愛を持って生きるってことは そういうことだと思います



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Posted by くみちょう at 21:00│Comments(0)教育
 
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