2013年03月08日

【原体験は親との共通体験】

【原体験は親との共通体験】
~教育とは共育もの~

おはようございます
引き続き自分と向き合い続けのくみちょうです





写真は「あそびの市場」実施時の
お父さんがこどもと一緒になって
実験をやっているところです


いまになって母親と話をしていて出てくること
よく母親がまわりのお母さんたちからこう尋ねられたそうです
「小松さんちはどうやって勉強する子供に育てたの?」

それに対してうちの母親は
「一度も勉強しろって言った記憶がないですね」

いまでもうちの母親はいいます
「ラッキーだったのかな」と

でもそうじゃないなーと

うちの母親も父親も
わからないこととかあったり
調べものしたり
一生懸命何かに取り組んでいると
少なくともその横で一緒にいてくれたのを覚えています

たいていは一緒になってやってくれたり
やらないまでも終わるまで見ていてくれたり

それがあるからこそ
自分で追究し続けることができた


当たり前のことですが
「やっておけよ!!」
みたいな命令をされて継続しないし
ましてややる気なんておこるものじゃない

小さいころに親と一緒になってやったこと
そういったことが原記憶として残っていて
それが生きてくるのだと そう感じています


その意味で あそびの市場の実験というのは
はじめは「こどもにやらせたい」というような想いで
参加される親御さんが多いですが
実際に目の当たりにすると
「お父さん」や「お母さん」がハマる

「バナナで釘を打つ?そんなの液体窒素でしょ」
と知ってはいるけど 実際にやったことがある人はまずいない
やってみるとおもしろそうでやりたくなる

それを大人も一緒になってやって楽しむからこそ
子どもたちも余計に楽しみながらやれて 覚える

そういった「大人も本気で楽しめること」にこそ
学びの本質が 教育の本質があるのではないかと

教育とは共に育つ 「共育」である


そのことをつくづく感じるとともに
そうした「共育」をしてきてくれた
親や先生 友人たちに改めて感謝したいなと

それが私の人生を形作っています

さあ そんな原点を振り返れたことに感謝して

今日も一日何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪(*^^*)



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Posted by くみちょう at 06:13│Comments(0)まじめ
 
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