2013年05月21日

【日本文化の神髄を 竜安寺の石庭に見る】

【日本文化の神髄を 竜安寺の石庭に見る】
~ まわりを活かすことを大切にする日本文化 ~

高校時代の修学旅行で行った竜安寺の石庭
そこでこんなことを教えてもらいました





~ 以下回想 ~

・・・私一人「竜安寺の石庭」を
3時間眺め続けまして・・・

みんな飽きて (むしろ計画通りに)
あちこち見に行っている中 私は一人でずっと石庭を見続けていました

はじめは「角度を変えたらどう見えるのか」
(石が必ず隠れるようになっているとのこと)
これを検証したいと思ってみていましたが

そのうち「これをつくったのはどういう意味があるのだろうか」
「この景色の中に【何かがある気がする】」

という漠然とした でも惹かれるものがあって
ずっと見続けていました

・・・ちょうど2時間くらいが経過した時に
ふらっと立ち寄ったらしきお坊さんに
「長いこと見ていますが 何か見えましたか」

そんな風に話しかけられました

「いや 何か庭だけではなくて
違うものがあるのに それに気が付けていない
そんな気がするんです・・・・」

そう返した私に こうお話してくださいました

「この庭の中だけを見るのではなく
【外の景色】も合わせてみるようにしてみてください」

「日本の庭というのは【まわりの景色】も合わせて
つくりあげられるものなんです
【ちいさな 完成されたと思われる世界に目を奪われることなく
まわりをも合わせて 調和した美しさに気が付けるように】
そんな想いが込められているんですよ」

と教えてくださいました

~ 以上 回想終わり ~

日本の文化って
「庭」ひとつとってみても
「まわりとの調和」「自然を活かす」ということに
意識が向いている

自分たちがつくれる範囲 手を付けられるところは限られている
そこに意味を持たせることももちろんだけれども
その外側「手が付けられない範囲」をも活かすことができると
その力は 感動は 無限に広がるのだと


そんな素敵な日本の文化の神髄を経験できた事例でした

ふと思い出したのでまとめてみました



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Posted by くみちょう at 12:41│Comments(0)まじめ
 
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