2013年06月06日

【時代に取り残される気持ち】

【時代に取り残される気持ち】
~ 苦労して身に着けたものが
意味がなくなったと感じられる悲しみ ~

20代の頃には
「なんで上の世代は 頑固で人を認めようとしないのか」
とかみついていたわけですが・・・
30代になり 自分自身も社会経験を10年と積んできた中で
ふといろんな付き合いが見えてきた時に
少しずつ感じることが増えてきました

それは【時代に取り残される感覚】が
どれだけ【おそろしい】ことなのか
そしてそれに【抵抗したくなる気持ち】も
わかる気がします

どういうことか

50代60代の 特に職人さんとして生きてきた人たちは
自分たちが若い頃には
「先輩たちからの理不尽なしごき(いじめ)」に耐えて
「とにかくやるしかない」中で自分のスキルを磨いてきた
「お前らも いつかしごきに耐え切って
上に立てば同じことができるんだから」
そう言われて・・・悔しく想いながらも耐え忍んできた

で いざ自分たちが先輩たちの立場になった時
そう「いまの時代」
「しごいたら辞めていく後輩たち」がいて
「いじめやしごきがナンセンス」だとテレビなどで言われて
ふとまわりを見渡してみたら・・・孤立している自分がいた

・・・この悲しみや苦しみって どうなんだろうか・・・


上記の通り、20代の頃の私は
そんな彼らとも散々争ってきました
「人をいじめるな!!!」
「理不尽な怒りをぶつけるな!!!」
「上に立ったからって偉そうにするな!!!」

・・・彼らは「すべてを否定された」
「気になっている」かもしれないんですよね





逆に私にとっては追い風です
昔はそういう先輩たちに立ち向かっても
「バカじゃないの?」
「そういうことするから余計に叩かれるんだよ」
「ガマンするのが一番いいよ」
そう言われてきたのが
気が付けば賛同者の方が多い
時代として 私の方に追い風が吹いている


・・・別に彼らを擁護する気はありません
どんな理由があろうとも
「人をいじめる」
「理不尽に怒りをぶつける」
「上に立ったら偉そうにする」
ということは 私は嫌いだし なくしたいと思うから

でも そんな生き方しかしてこなかった彼らを
どうやったら助けることができるのだろうか

争うのではなく 彼らも生きる道を提示できないのであれば
結局 争いにしかならないんじゃないのか・・・

そんなところを今考えております


もし自分が同じ立場だとして
30年早く生まれてきたとして
そしたらどんな対応していただろうか
どんなことができるかなって・・・


争うのではなく みんながうまくいく方法を
模索したいなと思います


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Posted by くみちょう at 12:41│Comments(0)まじめ
 
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