2008年01月15日

不登校ひきこもり・ニートになる理由





「あなたは今、本気で取り組んでいるものがありますか」

こう聞かれて、すぐすぐ「このことに取り組んでいます」
と答えられる人はどのくらいいるのでしょうか。

不登校・ひきこもりの子供たちとの接触の中で、
そして現在のニート問題、すぐに転職をしたり、「生きがいがない」と自殺したりする、
その理由のひとつに「本気を出したことがない」というのがあるような気がします。

どういうことか。

生き生きと仕事をしている人は、遊びも全力なんですよね。
気楽に遊ぶ、として適当にすごすのではなく、全力。

「そうしたら疲れちゃうんじゃないの?」

そう思うかもしれませんが、実は全力で遊ぶことで、仕事への活力につながるのです。
全力で遊ぶと、仕事にも全力を出したくなる。

遊びでさえも全力を出さない子供たちの姿をよく目にします。
「そんな、遊びに全力を出してどうするの?」
ではその子たちが仕事・勉強に全力を出すのか見ていると・・・出さない。

「だって、本当にやりたいこととは違うから」

そう言葉では言います。が、その根底にあるものを深く掘り下げてみると違うものが見えてきます。

「どれが適正があるのか、どれが本当にやりたいことなのか、全力で調べようとしていない」

なぜなら、それが見つかったら
「全力を出さなければいけない自分になってしまうから」
「言い訳のきかない状況になってしまうから」
「自分の全力がたいしたことない、ということを身をもって感じてしまうから」

おそらく、こういった言い方をすると「そんなことない!!!」と、
反論したくなると思います。反論してくると思います。

が、本人の自覚があってかなくてか。。。おそらくは後者だと思いますが、
こうした考えに至ることは少なくないでしょう。

そして、世の中は彼らが思っているほどに、そうした「能力のなさ」について、
実はそこまで文句を付けたりはしないということを。

しかし人は恐れるのです。彼らはいやなのです。
「自分は能力がない。全力を出しても世の中を生きていくことができない。存在価値がない。」
と言われることが。

誰しもがそれは怖い。しかし、そこを乗り切ることができないことには、世の中を生きていくことはできない。

そのためには、何であろうと、全力を出して取り組んでみる姿勢が大事なのだ。

「それはやっても無意味なんじゃないの?」
そう結論づけるのは「全力を出してから」いや、
「全力を出さなきゃわからない」
のだから、まずは全力を出せるようにしなくてはいけないのだと、そう思います。

なんにでも全力が出せること、
「ほら、そんなことやっても意味ないんだから・・・」と言わず、何でもいいので
全力を出せることを見つけること、それが生きることにつながるのではないでしょうか。

全力を出した後にくる満足感。達成感。
「やったー!!!」と全力でよろこべる、全力で手を挙げる瞬間を大事にしていきたいものです。


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この記事へのコメント
確かにそう聞かれても答えられないですね。
てゆうかやってる暇を家の人間に潰される。
悲しいですよ。小間使いは。
どんなによくやっても学校では
「あっちいけ」とか「消えろ」とか平気で言われますから。反撃したところで敵が増えるだけなので、その場しのぎに逃げてます。

私的にはニートや引きこもりよりも人のことを考えないで人が傷つくような事を平気でいえる人間の方がなりたくないし、居て欲しくないです。
Posted by 電子回路電子回路 at 2008年01月15日 20:30
どちらも同感です。
人の気持ちに立つ、と言う人とはたくさん会ってきましたが、実際にそう出来ている人にはあまり会えませんでした。
でも、いないわけではないんですよね。
人の気持ちに立つ時に、社会では上ばかり見ている人が多いのではないでしょうか。
人の気持ちに立った時に、初めて気付きや気遣い・気配りが出来るようになると思っています。
それが人を認めていくこと・・・
実行したいですね。
Posted by NPO法人 プロサポートNPO法人 プロサポート at 2008年01月15日 23:17
>電子回路さん
私なんて、ゲームやマンガから教育について切り込んでみたりしていますが・・・
たいてい「そんなものやってなんになる?」と言われてしまいますしね。
実はそういった趣味のレベルから深めることも方向性としてないと大変なことになると思っています。
画一的な教育ではそれはできないので、私自身自分で教育活動をしているわけですけども。

実際、私の活動自体がニートやひきこもりと同義ですしね。社会的にはまあまず認められない領域です。それでいいと考えていますしね。

>プロサポートさん
論理的に書くと、どうしても攻撃的に捉えられがちな部分があります。
昨日もひきこもりの親の会においてお話をしておりましたが、「感覚で捉える」ことが大事なのではないかと。
本人も、そしてその周囲の人々にとっても「論理的にこうだ」と言い切れるものではなく、そしてひとくくりに答えが出るものではない。
本人が直感として感じることができてはじめて「考え、行動をはじめる」のではないかと。


その点で「人の気持ちを大事にする」ということにつながると思いますね。
なまぬるい、と言われるかもしれませんが、私も少しでもそうなれるように努力はしています。
Posted by くみちょう at 2008年01月16日 06:12