2009年04月10日

プロとアマ、大人と子供

プロとアマ、大人と子供



日本協会は9日の理事会で、故意に敗れるように指示を出した
新潟・直江津中等教育学校の教頭(47)に対し
「1年間のサッカー関連活動の停止」の処分を下した。
フェアプレー精神に反する行為
1月の新潟県選抜中学生フットサル上越地区大会で起きた。
コーチを務めていた教頭は決勝トーナメントで苦手チームとの対戦を避けるため、
2位通過で別のブロックに入るようリーグ戦最終戦で故意に大敗するよう指示したという。
指示に応えた選手がオウンゴールを6度続けた。
教頭は「優勝させたい一心で悪いつもりはなかった。反省している」と話している。
日本協会の犬飼会長は「教育者の風上にも置けない」と激怒。
日本協会の指導者資格を持たない教員に対する異例の処分に至った。

2位通過狙って大敗指示…教頭に厳罰処分

このニュースを読んだ瞬間、
「松井秀喜の4連続敬遠」を思い出しました。

あの時にも感じたことでしたが、
「子供たちには【フェアプレー】を要求」していますが・・・
では、「大人には何を求めているの?」

逆に、「プロだからこそ、【魅せるプレイ】が必要で、
アマである子供たちには徹底的に本気でもいいってこと?
だとすると、なぜプロの世界には【敬遠】なるものがあるのか。」

アメリカのスポーツ、NBAバスケもそうだし、
日本でもプロレスはショーであるという認識があると思うが、
「来てくれているお客さんが喜ぶプレーをする」ということで、
あえて派手なプレーなどが取りざたされるようになっている。
もちろん、それがすべてではないですが、それが「プロ」である、と。
つまりは「観客が多く支持をしてくれて、利益が出る形」にしている。

では、日本のプロスポーツって、どうなのでしょうか。
「ただ、全力でプレイする」
そこには、やはり感動するものもありますが、
さらに演出あってこそ、という部分もあります。
イチローが背面キャッチをしたり、
新庄が、あえてダイビングキャッチをしたりする
ことで盛り上げる、
そんな演出もしていたわけですが、そうなると・・・
プロのくせに全力でプレイしていた人に失礼、ということになるのか。

大人なら、そういったことを「わきまえてできる」からいいけども、
子供だと「わきまえることができない」からダメだと。

このあたり、なんだかしっくりこないものを感じています。

別に、今回の教頭の行動を支持しようとは思いませんが、
そこから、「大人に対しても、子供たちとおなじことを求めている」のか、
それとも「大人は別だよ」と考えているのかどうか。

その根底によっては、非常な危険性をはらんでいると感じています。







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Posted by くみちょう at 18:00│Comments(0)まじめ
 
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