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<title>楽しいことが人生だ！！</title>
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<description>「世の中は楽しい」ということを示していくことが、なによりも子供たちにとっての教育になると信じて生きている男、【くみちょう】のブログ</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Fri, 12 Oct 2007 11:39:10 +0900</pubDate>
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<title>授業のひとコマ</title>
<description>本日は、私の日ごろの授業の様子をお見せしたいと思います。※生徒のプライバシーがありますので、顔出しは控えております。「ローマ字を学ぶ」小学５年生なので、ちょうどローマ字を学び始めるところです。なかなか、ローマ字をどうしよう、というのは難しいところ。そこで本日は、ワードで「自分の好きなガンダムのイラストを貼り付けて、そこに【タイトル】を書き加えて印刷する」という授業にいたしました。「ガンダム」って書いてみてね。書ける？こんな呼びかけに、自分で用意した「ローマ字早見表」を元にして、パソコンで一生懸命打ち込んでいます。本人、自分で印刷して持って帰れるってことで、一生懸命調べて、つくっています。これだったら、いくらでもがんばれるんですよね。というわけで、本日はこれひとつです。えっ、それだけ？いや、一日ひとつの学び。そして、一日ひとつの信頼関係です。一度に多くを望みすぎては、どんどんと押し付けになってしまいます。本人が「おもしろいな」、とか、「興味があるな」と思うことから、徐々にできることを広げていきましょう。こうしたことが大切なのです。焦らずに、じょじょに、じょじょに、です。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Mon, 20 Oct 2008 12:00:00 +0900</pubDate>

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<title>「学校と外部教育の共存」</title>
<description>こちらは某学校でのお話です。職員室の中は、先生方の交流もあり、和気あいあいとしていました。 が、ある時に他校から会議で来た先生がそれを見てこう言いました。 「なぜ職員室で笑顔が出るんだ！？いまの教育現場を考えたら静まり返っているハズだ！！あんたらはなめてるのか！！」と。 その学校の校長は、その先生に対して徹底して低姿勢で謝罪したあと、こう言いました。 「うちの学校にとって、職員の先生方がやりやすくやれるのが一番だ。校長はそうした下準備をするためにいる。まわりのことは気にせず、遠慮なくみなさんがやりやすいようにやってください。責任は私がみんな持つから。」 この言葉に、先生方はどれだけ救われたかわかりません。 しかしそれでも、学校とのしての縛りはありますし、やれること、やれないこともあります。 そんな職員室の中でも、外部教育に対しての姿勢でみて、おおまかに三種類の分類がなされておりました。１つ目は、「外部教育反対派」 あんたらが外部で好き勝手するからこっちが迷惑被るんだ！というタイプ。 こういう人たちは、直接言わずに、わざわざ聴こえる距離で嫌みを言ったりなどが多い。 ２つ目は、「外部教育推進派」「外部のみなさんにもガンガンやっちゃってもらいたい。おれたちはおれたちでできることやるからさ。できることがあったら言ってよ。」 そんな人たち。３つ目は、その中間派。 「いま、外部で活動しているみなさんの言いたいこと、やりたいことはわかる。けど、それを表立って言っちゃダメなのが学校現場。気持ちはわかるけど、おれたちのように我慢することで学校現場の崩壊を招かないようにしている人たちもいることを考えてもらいたい」と。 学校内部で悲愴な状況に立ち向かっている先生方もいて、そんなのガン無視な先生方もいて、立ち向かいたいけど組織全体を考えて、言うのを・行動するのを我慢する先生もいて・・ 外部に目を向けても、私のように「やりたいようにやる」人もいて、 かと思えば「ビジネスチャンス」とだけ捉えて儲けるためだけにやる人もいて、 完全ボランティアでがんばる人もいて・・・ そうした状況をすべて総じた上で、「適当にやってるのが得をする」ような教育界ではなく、 「問題解決に向けて努力している人に日の光が当たる」教育界にしていかなくちゃいけない。 それは一朝一夕でできるものではないので、それこそ長い年月を積み重ねた中で解決を図る必要がある。 ではその間にできることは何か、そう言われた時に、冒頭の通り「学校と外部教育の共存」になると思っています。 組織としての協力ができれば早いですが、残念ながらそれはできないのはわかっています。 だから、個々の先生たちが、個別に連携を取り合うことが大切になるのです。 「あの先生ならばだいじょぶだよ」 「不登校なら、あの人に相談したらいいんじゃないの」 いまはそうした形で、できることをやり合うことが大切なんだと、そう思います。 でもそのためには、一度お互いが溜め込んでいる想いをぶつけ合わなきゃならないのではないかなと。 そうじゃないと、ホントに連携を取ろうとした時に疑心暗鬼が生じてしまうのではないだろうか。 そんな意味において、私はたまに、「あえて感情的な文章」を書くこともあります。 「きれいにまとめただけだと、何も伝わらないことも多い」けども、そうしたことなく、みなさんに伝わる方法があれば一番いいんですけどね。そうした表現方法を見つけ、身に付けることも私の現在の課題だと、そう感じています。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e23158.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 12 Oct 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>あなたのことを一番よく知っているのは誰ですか？</title>
<description>「親」「友達」「親友」「恋人」「相方（妻・夫）」・・・・様々な答えが出てくると思います。でも、この回答だけは間違いなく、全員が全員「これ」と言い切れる答えがあります。それは、「あなた自身」「いや、自分のことって、わからないものだから」「私のことは、身近で見てきてくれている人が一番良くわかっている」言葉ではそういうかもしれませんが、それはありえません。あえて言うのであれば、「気が付いている」のは、あなた以外かもしれませんが。人は、自分のことは自分が一番良くわかっています。それは間違いありません。でも、なまじわかっている「つもり」になるからこそ、自分のことが見えてこないのです。そういった意味では、教育も、カウンセリングも、コーチングも、コンサルタントも、「自分で自分を見つけるための手助け」という意味では、やはり共通なんですよね。質問の投げかけ方一つで、そうしたことができるのが、またおもしろいと、最近、そういったことをつくづく感じております。「自分のことは、自分が一番良く知っている」この言葉を、堂々とみんなの前で言い切れるように、まずはなることが大切だなって思います。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e20977.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 14 Sep 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>必要性を感じること＜感情的な成長過程の場合＞</title>
<description>先日、必要性を感じること＜論理的な成長過程の場合＞ということで考えましたが、今回は、「【感情的に】必要性を感じる」ことを考えてみます。とは言っても、これは非常に簡単。「尊敬する人・姿を見せる（会わせる）」「この人、すげーよ！！！」大人としては、子どもたちにそう言われるようになればいいだけです。簡単でしょ？（笑）って、「それがわからないから苦労しているんだっ！！！」「どうしたら尊敬される大人になれるんだっ！！！」って声が聞こえてきそうです。（＾＾；）が、それはそんなに難しくはないんですよね。なぜって、それこそ「楽しいことが人生だ！！」って、しっかりと言い切ればいいだけですから。「この人、人生楽しそうだよな」「いつ見ても、堂々としているよな」「あんな大人になりたい」そう思われるために、楽しんでいる姿を見せましょう♪そうしたら子どもたちは自然と「こんな大人になるためにはどうしたらいいのだろうか？」って考えますから。そうなるための努力を惜しまないですから。でも、単に表面的に「楽しく楽しく」と言っていてもダメです。苦しい時こそ、楽しく。悲しい時こそ、笑顔で。そうして乗り越えていく姿を見せていったら、尊敬されることまちがいありません！！！あなたも、自分の尊敬する人を思い浮かべてみてください。すごい結果を示している人たちだと思います。でも、おそらくその「結果だけ」ならば、別に尊敬しないのではないでしょうか？こんな辛いことを経験して、こんな厳しいことを乗り越えて、タイヘンな努力を積み重ねてきて、そうした「辛いこと」「悲しいこと」「厳しいこと」を乗り越えてきた経緯を見て、その結果としてすばらしい成果を上げている、その過程にこそ「尊敬」しているのではないでしょうか。「そうしたことがわかるのは、大人だから」違います。子どもはしっかりと見ているものです。感じているものです。逆に、「世の中は厳しいんだ・・・」とか、「世の中は辛いんだ・・・」とか言っていると、子どもたちも「そんな世界にいたくない」とか、「そんな大人になりたくない」って思うものです。「あの人、いつもホントに楽しそうだよね♪」笑顔で子供たちにそう言ってもらえることが、なによりも大切だと、そう感じています。そのためにも、私自身が率先して、「楽しい人生」を指し示していくことが、何よりも大切であると、そう確信しています。でも、私一人がそうしていても、世界は変わりません。私のこの想いと同調するものを感じていただけたら・・・「そうだ」と賛同していただけたら・・・いっしょに「楽しい人生」を指し示していきましょう！！！そうすることが、世界を変えていくことになるのですから。ぜひともに「人生を楽しむ大人の姿」を、子供たちに見せていきましょう。応援、よろしくお願いいたします。子供たちが、大人を見て、「希望」をつかむことができるように・・・「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e20868.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Thu, 11 Sep 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>必要性を感じること＜論理的な成長過程の場合＞</title>
<description>今回のお話は、ちょっとキツ目の話をしますので、いつものくみちょうらしくないかもしれませんが、教育、成長する、ということにおいて大切なことだと思いますので、書いておこうと思います。「どうすれば成長できるんですか？」「どうしたらやる気になるんですか？」こうした質問を最近良く耳にする「くみちょう」です。根底にあるのは「必要性を感じるかどうか」だと感じています。「なんとかしないとマズいんです！！！なんとかしてください！！！」本気でそう感じている人ならば、まちがいなく行動に出ます。だけど、たいていの人は「あ～、それはすばらしいお話ですね。ありがとうございます。」と、表面上の話をしただけで終わってしまう。勉強会などにおいても、それを実践するところまではいかない。そして出てくる言葉は「そうは言ってもできないし・・・」「いそがしくてそこまでやっている暇はないし・・・」一見、たしかにむずかしいことを要求されているのだと思います。いままでできてこなかったことなんだから当然です。私自身、たくさんの学びの場に出てきた中で、そしてたくさんのセミナーを受けてきて、「ああ、すげーな！！」「こんなことできたらいいな」と思うことはたくさんありました。でも、その中で、実践したものはごくわずかです。じゃあ成長していないのか、というとそうでもなく、実はかなりの成長を遂げております。まずは一つ、「それをやろう」と言葉に出しただけでも、一つの成長であることは間違いありません。いや、「それができていない、ということに気づけたこと」自体が成長の証なんですよね。けども、やはり実践という意味では、いつかは（自分で定めた達成の時までに）結果を出していかなくてはいけません。となると、せっかくの学びでも、取り組めないのではもったいない！！ではなぜ、その先の一歩に取り組めないのか、というと、最大の理由はここにあります。「別にそれをできなくても困らない」つまり、「いまのままでも十分満足している」んですよね。いや、そういう言い方をすると、「今の生活で満足なんかしていない」とか、「いまの仕事をもっとよくしたい」とか「いまの家庭生活をもっとよくしたい」という言葉は出てきます。そうした、言葉上の夢や希望、やりたいこと、こうなりたい、ということはあるものの、その裏にあるのは、「それを苦労してまで成し遂げる必要がない」ということです。極端な事例ですが、飢えて死にそうな人が目の前にいるとして、その人は食べ物、飲み物を手に入れなくては死にます。そうなったらなんとかして、食べ物を手に入れようと必死に行動しますよね。そんな極端な「生きるか死ぬか」という判断まで行くことはほとんどありませんが、要は「苦労して成長する自分と、苦労せずともそこそこの人生を歩むこと」を天秤にかけた場合に、「そこそこの人生」を選ぶことが多いということです。これって、マイナスのように見えて、じつはかなり幸せなことなんですよね。なぜならば、「現状すでにかなりの生活水準を満たしている」ということなのだから。それを幸せと感じるか、それとも不満と感じるかは人それぞれですが、現実、成長しない、がんばろうとしない、今一歩が踏み出せない理由は、そこにあるわけです。さて、そうした観点でみた場合、人が成長する、というのは、現状において【苦労してでも成長しないといけない】という【必要性に迫られる】ことが求められるわけです。「成長はしたいけど、モチベーションがあがらない・・・」そういった人は、まずまちがいなく、「必要性を感じていない」のです。無理やり「これをするといいよ」と言われたところで何も感じないのではまったく意味がありません。ということで、教育において必要なこと、それは「必要性を感じるためにはどうしたらよいのか」を突き詰めることとなるわけです。どうしたら必要性を感じるようになるのか、ということについては、また後ほど、説明したいと思います。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e20787.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Wed, 10 Sep 2008 18:00:30 +0900</pubDate>

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<title>４２歳の自分から２２歳の自分へのメッセージ</title>
<description>「未来の自分から、いまの自分を見て、メッセージを送るとしたら・・・」様々な自己啓発の方法の中で、よくある手段の一つです。「予悔」：後悔は先に立ちませんが、未来の自分を想定して先に後悔すると、予悔になる。「他人からではない」：自分のことを自分で指摘するので、納得して聴ける。言い方は違うかもしれませんが、この二点において、「未来の自分から、いまの自分へのメッセージ」というのは非常に役に立つことになります。そうはいっても、未来の自分を想定することがなかなか難しいということもあります。ですので、ここは一つ、「ある４２歳の男性が、２２歳の頃の自分に向けてメッセージを送った」という事例を通して、自分の未来もあわせて考えてみたらどうか、と思います。ちょっと長いですが、非常に有用な指摘だと思いますので、自分の中で納得のいったものを参考にしてみてください。1.　学校を絶対にやめないで継続する今のあなたは学校に退屈しているかもしれません。でもクビになるのが怖い、というだけでしがみついている我慢ならない仕事に就いて初めて気付くのです。単位をいろいろ取得することで、思っているより大きくチャンスが広がるものなのです。実際の仕事をするように、遅刻せず学校に通い、真面目に宿題をし、学習して、仕事扱いしましょう。2.　お金は腐らずに残るもの　─　投資は早く始めるもし高校や大学時代に稼いでいた半分を単に投資信託に投資していたら、ほかに何の投資なしで、現在19万2千ドル（約2千万円）になっていたでしょう。それを思うとかなり悔やみます。投資はできるだけ早くからしましょう。3.　第一印象で家を買わずに、近隣の住宅環境に恵まれた安い家を買う自分の失敗の一つに、初めて見た家に興奮し条件はぎりぎりクリア、ローンも銀行から降りることになり購入したことです。買った家を今でも好きではありますが、もっと入念に調べたらよかったとも感じています。職場や学校に近いとか、内装の構造などです。大きな買い物をするときは特に慎重にならないといけません。4.　予算内で生活をする癖をつける自分の身の丈に合う範囲内で生活をすることくらい重要なことはありません。予算内で生活をすることは、自分を縛ることのように見えて、実は自分を自由にするためのプロセスなのです。もしそんな生き方をしていたらきっといくつかの痛い経験は回避できていたことでしょう。5.　どんなものでも交渉する技術を身につける交渉術の本を読み出したときにはちょっと遅いのです。中古車カーディーラーなどをはじめ、多くの人からいかに騙されているのか気付いていきます。もし交渉のやり方を知っていたら何十万円と節約できたでしょう。断る技術を磨いておくことです。6.　健康保険は片時も手放してはいけない注）アメリカでは日本のような健康保険システムがなく、会社や個人で入るものが大半なので、日本に比べるとはるかに医療費の負担が大きく社会問題になっています。去年話題になったマイケル・ムーア監督の「シッコ SiCKO」もこの問題を扱った映画ですね。このことを踏まえてのアドバイスですが日本でも他人事では無いです。外圧や財政破綻から民営化の名の下に、健康保険制度が崩壊しそうな、きな臭い流れになってるようです。ますます格差が広がりそうです。「クローズアップ現代」の警鐘－国民健康保険が崩壊する命を落とすケースが全国で相次いでいる。実は、「病気の人々は保険証を維持できる」というセーフティネットがあるにもかかわらず、それが機能していないのだ。背景には、滞納世帯が増え続ける中、「資格証明書」を積極的に交付し、徴収率を上げることに躍起になっている自治体の姿がある。どれほどの命が、なぜ失われているのか。奪われる日本 --アメリカに蹂躙される医療と保険制度「『拒否できない日本』の著者・関岡英之氏の警告リポート 」「長生きしたければもっとカネを払え。払えない年寄りは早く死ね」 「人のいのちもカネで買える」時代がまさに到来するのだ。健康保険を民営化してはいけない7.　仕事は質、家庭は量が大事おそらく上司は家庭があっても無くても気にはしないでしょう。子どもを迎えに行かなくてはいけないとか、たまには夫婦の時間を持つべきとか、家族以外の誰が気にするでしょうか。会社にとってはすげ替え可能な歯車のひとつに過ぎません。会社を成長させようとしている者たちにとって、個人的なニーズは二の次となります。当然家庭の質についてもそうなります。将来、歳を取った自分を想像してみればわかります。老人ホームで毛布とともに椅子に座って柔らかい食事をしながら「会社でもっと時間を過ごしたらよかった」とは到底思わないでしょう。定年後は長い時間を家族と過ごします。大事にすることです。8-1.　金持ちへの近道があると言う人の話を聞かない【速報：近道なんてない！】22歳の耳にこれを叩き込んでおくのがいいかもしれません。富というのは何か面白いもの、独自のもの、価値のあるものを、必要な人々に提供できてこそ作られるものです。それまでは、少しのお金のために何時間もの時間を割いて取引をしては、見返りの少なさを嘆くばかりです。「人の求めているものを見つけてそれを提供せよ」という古い呪文がありますが、それは真実だからです。今日ではそれは、「自分にしか提供できない人々の求めているものを見つけよ」と言い換えることができますが、それが富への道です。どこに人々のニーズ、需要があるか、どうやってその需要を提供できるかを考えるのです。8-2.　マルチ商法と呼ばれるビジネスから、遠く遠く距離を置くマルチ商法は新しい販売業者をスポンサーすることを必須としています。全て詐欺であり、あなたは自分の販売ネットワークの代表ではありません。知り合いのネットワークに頼った歩合制度のセールスマンなだけです。そして何度も調査結果に出ているように99.5％の人が損をしています。唯一の利益は「顧客」が「販売業者」になったときだけで、組織に消えていく99.995％から、わずかの歩合をもらい、0.005％は最初にビジネスを始めた胴元に行きます。近づかないでおきましょう。9.　夫婦の価値観が同じことが大事この項目は他のほとんどの項目より、あなたの幸せの度合いを決めてしまいます。何もかもうまく行っているときでも、お金の使い方や子どもの教育方針で、夫婦の意見が対立してしまうとかなりヘコむことになります。必ず結婚の誓いを立てる前に、この点を解決しておく必要があります。愛は大きくても、離婚には500万円かかります。現在の（あるいは未来の）配偶者と、きっちり何が重要で、子どもの教育にどんな価値感を持っているかを話し合っておく必要があります。10.　友人とのつながり高校や大学の旧友と連絡を途絶えないようにします。助けを求めてることを見せないようにしながら、助けを求めることを学ぶのです。どんな風に人がつながっているか見るのです。覚えておくべきことは、自分が知っていることや知っている人は重要ではなく、知っていることや知っている人をどのように利用するかということです。さらに深く突き詰めると、誰を知っているかではなく、誰があなたを知っているかということが大事になってきます。見返りを期待せずに人とつながる練習をするべきです。いつどこで誰を助けられるかわかりません。役に立たない人間よりは役に立つ人間となっておきましょう。11.　給料が高いだけの理由で仕事を引き受けてはいけない人生はお金以上のものです。給料が高いには理由があります。もしかしたらあなただけが持つ資格があるのかもしれません。あなたにしかない経験であるとか、あなたしか受けていない教育があるのかもしれません。しかし、誰もが耐えがたい仕事内容が理由で給料が高いこともあります。必ず前任者に仕事の内容を聞いてみるべきです。社外にいる人は社内にいる人より情報をくれます。燃え盛る火の中に飛び込む前に状況を把握しておくことです。12.　信用はしても確認をする子どものときに聞いたこと、読んだこと、教えられたことが全て信用できるわけではありません。必ず参照本をチェックしたり、質問を投げかけたり、答を求めたりして、深く学習していきます。とても重要なことですが、世界は策士であふれており、あなたが引っかかるのを待っています。皮肉屋になるのではなく、全てを確認するのです。あなたが取引をしている相手がいったい何者で、何を目的としているのか、確認しておきましょう。～以上12項目～自分がどんな人物であるか、何が自分を動かすのか、何が自分のパートナーや子どもを動かすのか、何が友人を動かすのか、何が同僚、上司、そして上司の上司を動かすのかを、常に学ぼうとしてください。成長することを止めてはいけません。そうすればきっと42歳になったとき大金持ちになっていることでしょう！「42歳までに知ることになる、22歳の自分に教えてあげたい12のこと」http://labaq.com/archives/50912311.htmlこうした話をするとよく出てくる言い訳にこんな言葉があります。「そんなの、今、気が付いてももう遅いんだよ」でも、実は今からやれば十二分に間に合うことって多いんですよね。気が付いたらやりはじめればいい。やらない限り、いつまでもそのままなんだから。「気が付いた時、それがはじまりの時」「気が付いたのにやらないのは、一番の後悔につながるもの」いまからでも、気が付いたらちょっとづつやっていくように自分自身を変えていくことが大切だなって思います。ちなみに、この人の言葉の中で納得のいくものもあるし、ピンとこないものもありますが、自分の中でピンときたものをやるようにしたらと思います。こうしたことは、強制されてやったら絶対に身に付かないものですしね。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e20343.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Thu, 04 Sep 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>しわよせは子どもに行く</title>
<description>先日ありました、某事件について、少々長いですが、省略なしで読んでいただきたいと思います。埼玉県三郷市の民家で３月、幼児３人が置き去りにされ、島村健太ちゃん（当時２）が死亡、双子の長女が負傷した事件で、保護責任者遺棄致死傷の罪に問われた母親の無職島村恵美被告（３０）＝同市早稲田２丁目＝の初公判が２０日、さいたま地裁であり、島村被告は起訴事実を大筋で認めた。動機については「育児の煩わしさから逃れ、交際男性との同棲生活を送るため」と指摘した検察側の主張に対し、「育児放棄になりやすい状況だった」とし、複合的な要因によると主張した。検察側は冒頭陳述などで、島村被告は２月、双子の父親で名古屋に単身赴任中だった内縁の夫とは別に、近くの居酒屋店員と交際を開始。店員と２人で近くに借りたマンションで同棲したいと考えるようになり、３月３日ごろ、「ママはもう戻らない。後はよろしく。（妹と弟の）面倒見てね。おなかがすいたら電話をかけて」と言い残し、子どもを置き去りにしてマンションに移り住んだ、と指摘。事件当時６歳だった長男が１日数十回、「弟や妹が泣いている」と電話で助けを求めたが、島村被告はせいぜい１日１～２回、子どもたちのいる祖父母宅の玄関先に行って、ハンバーガーやパンなどの出来合いの食べ物を長男に渡すだけで、おむつ交換などをしなかったと指摘。児童相談所職員などとの面会も拒み続け、「２０歳前半から育児に追われていたので、一人の女として自由になりたい」と供述したという。http://www.asahi.com/national/update/0821/TKY200808200380.html一方、弁護側は、健太ちゃんが夜泣きがひどかったことや内縁の夫や実母らの支えもなく、「育児放棄になりやすい状況だった」と主張。「交際を始めたばかりの男性に癒やしを求め、育児放棄がエスカレートした」と述べた。起訴状によると、島村被告は店員と同居するため、３月３日以降、間借りしていた祖父母宅の３階の部屋に３人を放置。１２日に健太ちゃんを脱水症や低栄養で餓死させ、長女に脱水症などで１０日間のけがを負わせたとされる。 この日、長い髪を後ろで結い、グレーのトレーナーにジャージー姿で入廷した島村被告。裁判長の問いかけに、小声で答え、うつむきながら落ち着かない様子だったが、検察側が長男の供述を紹介すると、あふれる涙をこらえることはできなかった。「ママが作ったシチューやカレーが大好き」という長男。母親が去った感想を検察官が聞くと「我慢できなかった。さびしかったよ。何度も電話したけど全然出ない」と答えたという。ゴミが散乱する部屋で出来合いのパンやハンバーガー、お菓子を買い与えられる日々。「残っていたご飯を食べようとしたら腐っていた。冷蔵庫もないから」。当時２歳の妹と弟を一生懸命笑わせようとしたが、長女が笑っても、「弟（健太ちゃん）はずっと泣いていた」という。健太ちゃんの死を目の前にした島村被告は「お前はクビだ」と長男を平手で一発たたいたという。それでも長男は「本当に全部ボクが悪い。面倒みろと言われていたのに、全然お菓子とかあげないで」と母親をかばったという。http://www.asahi.com/national/update/0821/TKY200808200380.html「「本当に全部ボクが悪い」 6歳長男、捨てられても叩かれてもなお母かばう…埼玉の幼児餓死事件 」http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1168033.html自分の平穏を求めることは悪いとは言いません。が、守るべき子どもがいるのに、何をいまさらそんなことを言うのでしょうか。これを読んだ瞬間から、涙が止まらないのですが・・・感情に任せて様々なことを書くことはいくらでもできますが、あえてここは、いくつか、整理して話をしたいと思います。○　家族内での問題は、すべて子どもへと出てしまう今回の件では、親が意識して子どもへと責任を転嫁しておりますが、家族の間では、意識せずとも、子どもが背負うことになるんですよね。なぜなら、子どもはそれを言葉ではなく感覚で感じ取るものだから・・・「子どもは難しいことわかりっこない」そう感じているご両親がいらっしゃったら、ぜひそのことを考えていただきたい。なまじ言葉にできないからこそ、余計に苦しみは大きいですよ。そしてそれを子どもなりになんとかしようとするから、子どもの苦しみは大きくなっていく。そのことを、改めて考えなくてはいけないと、そう思います。○　自分のしあわせと他人のしあわせ自分がしあわせを願うのと同時に、他人も同じようにしあわせを願っているということ。当たり前のようだけれども、これを考えることができるようになるのは、非常に難しく、そして多くの悩み、苦しみを乗り越えていく必要があるなとも感じています。だから、なかなか他人の苦しみやしあわせについて考えることは難しいですが、だけど、これだけは感じて、考えてもらいたい。「あなたが苦しんでいるのと同じコトを、他人も苦しんでいる」自分だけが苦しみ、他人だけがしあわせなんてことは絶対にありません。そのことを、深く心に刻んでもらいたいと、そう思います。相手のしあわせを願ってる、と自己満足に浸っても仕方がありません。そのためには、相手にそのことをはっきりと聞いてみてください。人は超能力者ではありません。話も聴かずにそれを知ることはできないのです。必ず、相手にそのことを聞き、自分もそれを話すようにしましょう。当たり前といわれていることばかりかもしれませんが、こうした痛ましい事件の裏側になるのは、そうした「当たり前」といわれていることを、なぜかやらなくなってしまったということにあります。繰り返しますが、「人は超能力者ではありません」話も聴かずにわたかったつもりになるのは非常に危険です。同時に自分のことをわかってもらいたいと思ったら、必ずそれを伝えましょう。これ、すっごく大事なのに、みんな忘れてしまいがち、遠慮してしまいがちなところです。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e19681.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Tue, 26 Aug 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>すばらしい教育者</title>
<description>こんばんわ。本日は教育者として、必ず名前が挙がってくる方、「森信三」先生について、ちょっとご紹介しておこうと思います。私も、何度か名言集としても使わせていただいております。森　信三　２歳の時、両親が別れ、転々ともらい乳をし、３歳の時、小作農の森家に養子となる。小学校高等科を卒業後、給仕から身を起こし、小学校教師を経て、広島高等師範に進み、京都大学哲学科大学院を修了。師範教諭１３年勤務、その講義録「修身教授録」が名著となる。戦後は、大学教授をつとめつつ執筆活動。それらが全３３巻の著書にまとまる。「人間は一生の内に、会うべき人には必ず会える。しかも一瞬早すぎず遅すぎず（巡り会いの必然性というものがある）」「人生二度無し」「我が身に降りかかることはすべてこれ天意」「腰骨を立てよ」という言葉が有名。「国民教育の父」人生に二度目はない。だから、それだけ悔いのない生き方ができるかが鍵になる。とても大切な、しかし忘れがちなことを示してくれています。「教育の父」私も、そう呼ばれるような教育者になっていきたいとそう思います。「社団法人　実践人の家」http://www.jissenjin.or.jp/「逆境の人々」http://www.cts-net.ne.jp/~qt/gyakkyo33.htm「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e19019.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Mon, 18 Aug 2008 21:00:00 +0900</pubDate>

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<title>しかると怒るの違い</title>
<description>人に「注意する」ことと、「けなす」こととは違う。というわけで、こんばんわ。まじめな話です。いろんな人が言っているし、さまざまなところで目にも耳にもする話ですが、気がつくとやってしまっているのはこれじゃないかなと思っているくみちょうです。そんな話、知ってるよ、と思いつつもなかなかできないのがこれかなと。「怒る」っていうのは、自分に余裕がないから、対処のしようがないから怒るんですよね。なぜなら、問題がないことに対しては怒る必要性を感じないから「怒る」というのは、自分が対処しなくてはいけない問題だと感じていながら、しかしながら有効な解決手段が見えないことを指して怒っている。その「怒り」を相手にぶつけてしまったら・・・そりゃ関係がうまくいくはずはないですよね。「しかる」というのは、相手の話をよく理解した上で、相手にとって「必要」だと感じてやるのが「しかる」ということ。これは非常に難しい。どうでもいい人に対してはそもそも「しかろう」という気は起こらないし、かといって重要な人がそうした行動をとってくると、「しかろう」という前に、「悲しみ」や「怒り」の感情が出てきやすいから。でも、それを分かった上でそうした行動がとれるようになったら、相手とのコミュニケーションはすばらしいものになるんですけどね。当事者とか、いざそういう時になると感情に流されてしまうのが人ってものです。その浮かび上がってきた感情を、どんな形で処理していくのか、そこでこそ落ち着いて考えることが大切なんだと、そう思います。あなたは「怒って」いますか。それとも「しかって」いますか。私はまだまだ「怒る」ことが多いので、反省の日々です。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e17002.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Thu, 07 Aug 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>本日は、カウンセラー養成講座第二回目です。</title>
<description>本日が第二回目です。先日、不登校関係で相談を受けた際に、「ああっ、学んでおいてよかったなぁ」と感じるできごとが早速ありました。はじめはお話を聞いていて「それはたしかに不登校問題だな。うん。それじゃ相談に乗りましょう」そう考えて話を聞いていたのですが・・・あれれ？話がおかしな方向に・・・それって、私じゃ無理です。あきらかに「病気」の部類です。という事例にぶつかりました。これまでの自分だったら、「それは心が弱いから」とか思っていたところでしょう。しかし、今回、「これは病気じゃないのか」ということの気が付くことができました。そう、これまで私がしてしまっていた「大きな間違い」それは「不登校と病気を混同していた」ということです。様々な理由があって「行きたくない」となっている不登校の子どもたちと、「病気で行けない」子どもたちではあきらかに違うものなんですけども、それをごっちゃにしていた自分がいます。風邪をひいている子どもに無理やり起きて登校させたら風邪がひどくなるだけです。「行きたくない」と思っている子の相談を受けるのとはわけが違います。そうしたところを明確に判断できるようになったことが、まずは大きな大きな一歩だと感じています。こうしたことに気が付けるのも、きちんと基礎を学んだから。もしみなさんの中でも、「カウンセリングって本当はどういうものなの？」ということを本気で触れてみたい、という想いがありましたら、全部を受けずとも、一回きりの受講でも構いませんので、ぜひぜひ、受講しにお越しください。全日程　　10：00～16：00 会場　　　高崎市総合福祉センター　３階　会議室４ 費用　今回のみ￥7,000　全部参加￥７３，５００※参加者には、一回ごとに内容をまとめたＤＶＤを差し上げます。＜8月度 8月3日（日）＞　10：00～11：00 生理学的基礎　進化の歴史11：00～12：00 感覚と知覚12：00～13：00 昼食13：00～14：00 動機付け・葛藤と欲求14：00～15：00 学習・認知論的学習理論詳細はこちらhttp://www4.ocn.ne.jp/~tewo/semina.html「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 08:00:00 +0900</pubDate>

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<title>モンスターハンター</title>
<description>昔、若いのにシッカリした先生が娘の担任で・・・・懇談会で「うちの子は、箸が未だにもてないんですけれど？？！先生はお若いから指導のしかたもしらないんですか？」と息巻いた御バカ母親がいて・・・おいおいと思っていたら「箸の持ち方を幼稚園で指導するなんて今日まで考えたことがありませんでした。箸がもてるように家庭での生活を見直してください。他に何かご意見のあるかた～」とはっきり言い返して、思わず「おぉ～」という歓声が低くクラスに響きました。末子の時には明らかにバカな母親が「先生が気に入らないから入学金を返せ」とPTA総会で言い出し騒然となり、さすがに泣くかな・・・と思ったら「気に入らない部分を今、すべておっしゃってください。改善できるところは改善いたします。」と・・・。バカ母は「その気が強そうなところ、偉そうなところ、子供生んで無いくせに・・・」と言い出しましたが、周りがドン引きで遠くのほうから「病気の人なの？」という声まで出て、尻つぼみ。あの先生すごいです。大好きでした～♪「モンスターハンター」http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51322971.html「モンスターペアレンツハンター」ですね。面白がって文句をつけるマスコミや、一部分のみを報道して、誤解を招いたり、モンスターが教育委員会を通じて文句をつけたりとタイヘンな状況にあります。でも、現場の先生方の中で、こうしてがんばっている人がいるという姿は、見ている人は見ているし、応援するのが多いこともまた事実です。負けずにがんばってもらいないな、と心の底から思います。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 06 Jul 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>先にやられてしまった～！！！</title>
<description>「徒然草」日本の古典の代表的名作ですが、この内容、現代でも感じ入ることが非常に多い。まるで日本庭園を眺めているかのごとく、味わい深いものを感じます。でも、勉強苦手・嫌いって人にとってはとっつきにくいですよね。そこで、現代語訳した上で、それをおもしろおかしく紹介したら、「みんなよろこんで覚えるんじゃないだろうか？」そう思って以前授業をしてみたことがあるのですが・・・結局、序文で終了～（ＴｏＴ）と思っていた矢先、「うおっ、やってる人がいた！！！しかもかなりおもしろい！！」ということで、少々ショックを受けつつも「おもしろいものはＴＴＰだ！！！」注）ＴＴＰ＝徹底的にパクる！！ということで、早速ご紹介させていただきます。個人的には「この木なからましかば」や「先達はあらまほしきものなり」あたりが好きなんですけどね。「徒然草を現代語訳してみる」http://waranote.blog76.fc2.com/blog-entry-1181.html【序段】暇だから書いてみた。反省はしていない。＜原文＞つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて【第１段】生まれた以上、望みは多いよね。天皇になりたい！　ってこれは言いすぎだよね。第一血統的にムリ。総理大臣くらい？　が一番の理想くらい。そこまで行かなくても事務次官くらい行ったらおｋ。少なくとも孫の代くらいまでは安心。それ以下は底辺だから自慢するのやめようねｗｗｗ＜原文＞＊第一段いでや、この世に生れては、願はしかるべき事こそ多(オホ)かンめれ。御門(ミカド)の御位(オホンクラヰ)は、いともかしこし。竹の園生(ソノフ)の、末葉(スヱバ)まで人間の種(タネ)ならぬぞ、やんごとなき。一の人の御有様はさらなり、たゞ人(ビト)も、舎人(トネリ)など賜はるきはは、ゆゝしと見ゆ。その子・うまごまでは、はふれにたれど、なほなまめかし。それより下(シモ)つかたは、ほどにつけつゝ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いとくちをし。イケメンがモテるというのはうそ。現実は喋りがうまくて聞き上手なのがリア充候補。逆にイケメンでもＤＱＮはＮＧね。家とか顔とかは生まれつきだけど、性格はがんばれば何とかなる。だた顔と性格がよくても低学歴はすぐに論破されるよね。ざまぁｗｗｗｗ＜原文＞人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ、物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉多からぬこそ、飽かず向(ムカ)はまほしけれ。めでたしと見る人の、心劣りせらるゝ本性見えんこそ、口をしかるべけれ。しな・かたちこそ生れつきたらめ、心は、などか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。かたち・心ざまよき人も、才(ザエ)なく成りぬれば、品(シナ)下り、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそ、本意なきわざなれ。【第１０段】住みやすい家は、仮住まいでも愛着がわくよね。イケメンがさわやかに住む家には月の光すら神々しく見える。別に作りがめちゃめちゃおしゃれとかじゃなくてもいいから、年季の入った木があって、自然な感じの庭があって、すのことか垣根とかがさりげなく配置されてて、調度品もレトロ調なのが普通に使われてるようなのがマジかっこいいと思う。匠の世界に出てきそうなレア物の家具とか並べて観葉植物とかこれ見よがしに置かれてもねぇ。さすがの俺でもちょっと引くわ。っていうか住めって言われてもムリｗｗｗｗｗどうせそんな家すぐに取り壊されて更地になるだろｗｗｗｗだいたい家見たら住んでる人間の程度が知れるよねｗｗｗｗ＊第十段家居(イヘヰ)のつきづきしく、あらまほしきこそ、仮の宿りとは思へど、興あるものなれ。よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も一きはしみじみと見ゆるぞかし。今めかしく、きらゝかならねど、木立(コダチ)もの古(フ) りて、わざとならぬ庭の草も心あるさまに、簀子(スノコ)・透垣(スイガイ)のたよりをかしく、うちある調度(テウド)も昔覚えてやすらかなるこそ、心にくしと見ゆれ。多くの工(タクミ)の、心を尽(ツク)してみがきたて、唐(カラ)の、大和(ヤマト)の、めづらしく、えならぬ調度ども並べ置き、前栽(センザイ)の草木まで心のままならず作りなせるは、見る目も苦しく、いとわびし。さてもやは長らへ住むべき。また、時の間(マ)の烟(ケブリ)ともなりなんとぞ、うち見るより思はるゝ。大方は、家居にこそ、ことざまはおしはからるれ。というわけで、こうした形の文章なら、みんな覚えられるのに・・・とか思っているのは私だけじゃないはず！！「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Tue, 24 Jun 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>さすがにこれは・・・</title>
<description>&gt;生徒にけがをさせようという意図はなかったが怪我をさせる意図がなければ許されるのなら、交通事故はほとんど無罪ですよね。はい、いきなりのスタートでなんのことやら。。。と思うかも知れません。それはこんなニュースから。市教委によると、教諭は１２日午後１時５５分ごろ、校舎二階の非常階段の踊り場で遊んでいた男子生徒３人に、授業開始が迫っていたため教室に戻るよう注意した。生徒は抵抗し、教諭があきらめて非常階段のドアを開けて中に入ろうとした際、生徒の１人が「ばばあ、どっか行け」と言いながらドアを強く押して閉め、教師は右手の人さし指を挟まれた。すぐに救急車で病院に運ばれたが、指を切断しており、重傷という。「ババア、どっか行け」　生徒が閉めたドアで女性教諭が指切断の重傷　教委は「生徒に口頭で注意した」…堺 http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1140011.htmlこれなら、私が高校時代におこした交通事故も、無反省でいいわけですよね？「だって、悪意があったわけじゃないし、この子よりも無罪度合いが強いですよね。」というわけで、さすがにこの対応はどうなのかなと。たしかに、ここからは読み取れない生徒の事情などもあるとは思います。が、では日ごろからいい子だったとして、それでも「指切断」という状況を招いた子に対して、「口頭で注意した」レベルで済むって、どういうことなのだろうか・・・私は、自分が小さい頃にしてきたあやまちはたくさんあります。でも、その一つ一つが、怒られて、自分の中で反省することができたから、今があります。人を傷つけるということの恐ろしさを知らずに人を傷つけてもいいんだという考え方をもったとしたらそれこそ、おそろしいことになるのではないでしょうか。私は、交通事故を起こした際、「もし相手が死亡したら・・・」そう考えると怖くて怖くて、その日は寝ることができなかったのを、いまでも覚えています。前方不注意で、しかも自転車で・・・高校生ながらに取調室で職務質問・・・こっちはなすすべなく警察による「誘導尋問」によって調書が埋まっていく・・・「そうじゃない！！」って思っても、「だから事故をおこしたんでしょ？」と言われて止められる。当時、高校生の自分には、責任として受け止めるには重く、「相手も避けられたんじゃないのか」といった気持ちも浮かんできました。事故当時は「いいよ、悪気があったわけじゃないんだから・・・」と言っていた相手方も、次の日には「慰謝料払ってよ！！そっちが全面的に悪いんだから！！！」と急変したことも、いまでも心の中に刻まれています。「二度と交通事故はおこしたくない」そうした強い想いを持ったのは、そこからです。この事件をおこした子どもが、そしてそれを見ていたほかの生徒たちが、この事件を糧に成長してくれることを、なによりも望みます。その成長のために、口頭の注意で済むのかどうか、そこはもうちょっと考えるべきことなのではないかと。そんなことを感じた事件でした。うーん・・・あまり人のことをとやかく言いたくはないですが、なんだか今回の事件に関しては「ちょっとどうなのかな・・・」と思う部分が見え隠れしているので、取り上げてみました。もしこれが、単に「教育委員会の責任逃れ」のためだけに出てきた結果ならば、そんな現状の教育界なんてなくなっていいと、本気でそう思います。子どもの成長よりも、責任追及を恐れるようになったら、それはもはや学校とは言えないのですから・・・「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sat, 21 Jun 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>世界は私の手のひらの中に</title>
<description>今回は、非常にまじめな、その上長い話です。先日、お聞きした話です。 或る医師が未開地域の医療活動にボランティアで行った。彼の働きでその地域で病死する人の数が少なくなった。その村の人は大変喜び感謝した。 医師が帰国し数年が過ぎた。 そして，また，その村を訪れると，村人は怒っている。病死する人が減ったお蔭で，村の食料が足りなくなったのだ。 良かれと思ってしたことで，それまではバランスの取れていた村の食糧事情が危機的な状況になってしまったと言う訳。 あなたは、どう思いますか？村人はなぜに怒っているのか。そしてこの医師がやったことはまちがいだったのかどうか。みなさん、考えることはたくさんあると思います。命を救うことは大事だ。という人。勝手な行動をして押し付けだ、という人。村人は好き勝手に言いすぎだ、と感じる人。答えは、みなさんが感じる一つ一つ、それが答えだと思います。このことに対する答えが必ずひとつで無ければならない、ということではないし、よいか悪いかの二択でしか考えられないということでもありません。ただ、私は、この問いかけに対して、ひとつ考えることがあります。それは「あなたの人生は、誰がつくっているのですか」ということ。村人が喜び・怒っている姿、そこに「自分たちでやりたい」という意思があるのかどうか。私は、この文章からはそれを感じ取ることができませんでした。本当に「病気や飢え」で苦しみ、『なんとかしなくては』と感じている人であれば、「医療」が充実したことで、「次は飢えをなんとかしよう」と行動を起こしたのではないか。医師が『勝手に』「苦しんでいる」と判断してしまった「だけではないのか。そして、医療が充実したことに感謝すれこそ、怒るなんてありえないハズ。これは教育問題にも考えられます。子どものためによかれと思ってやってきたことが、「勝手にそんなことしやがって」と、逆に恨まれる。その根本に何があるのか。それは「本人の意思が感じられない」ということです。子どもが自分の意思で「これが足りない」「あれが足りない」「何とかしなくては」と感じている。それを「なんとかする手伝いをする」ということならばいいですが、ついつい「よかれ」と思ってしてあげていませんか、ということ。自分で解決をしようとして、もがき、苦しみ、しかしどうしてもできない。その時に手助けをしてくれた、ということだったら、当然、その後の結果がどうであれ、感謝するでしょう。しかし、それが単に「やってもらえた、ラッキー」程度の感覚であるならば、それは本人が欲していたことではないので、後になって「あんたのせいで今こんなになった」「あの時してくれたんだから、今度もしてくれるんだよね」という姿勢が生まれてしまうのではないでしょうか。そこに、「自分の人生を自分でつくっている」という感覚はないように思えます。「自分の人生は自分でつくるもの」「人に左右されるものじゃない」こうしたことを感じ取れるようになるためには、「問題は自分で解決する」という姿勢が必要だと、そう思います。本当に必要だと感じていれば、人は自分でなんとかしはじめるもの。「これがいいかも」なんて先回りしてどうこう考えるのは、むしろよくないのではないだろうか。「自分の人生は自分で変えていく、つくりあげていくのだ」たった一人の医師が動くだけでも、村ひとつが変わる可能性がある。いまの世の中に不満があるならば、自分が動けば世界は変わる。そうした、世の中の主体としての自分を持つことができたら、今回の事例も、問題が問題でなくなるように感じています。「自分が見上げているように見える世界は、実は自分の手のひらの中にある」そんな気がしています。「自分の人生をつくることが、世界をつくることにもなる」と。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e14471.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Thu, 19 Jun 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>「貨幣を通じて現代社会の問題点を捉える」</title>
<description>この記事そのままでも読めますが、できればこの前の記事もあわせて読むと、より一層わかりやすい内容になるかと思いますので、参考にしてみてくださいませ。【あなたの価値はどのくらいありますか】あなたは、こうした問いかけをされたら何て答えますか？「そんなこと言われてもわからないぞ」と言う方は下記の例を参考にして、考えて見てください。どれが近いかな。１。「いまの自分の年商が○○で、資産が●●あって、家族環境が◎◎、だから～円だな」２。「いま、臓器移植でかかる費用が身体の部位別にわかるから、合わせればいくらか判断できるね。」３。「一生涯に自分が稼ぐと言われている生涯賃金が○○くらいだから・・・～円かな」４。「自分の人生の価値は自分で決める。だから、お金なんかじゃ計算できない。」どうですか？自分なりの回答って出てきましたか？４あたりはかっこいいですよね。私は断然、これです！！（・・・ごめんなさい。言ってみい年頃だったんです　＾＾；）「自分の価値は？」と問われてお金以外で表現できた方、どのくらいいらっしゃいますか？はい、そうです。気づいた方もいらっしゃると思いますが、世の中の判断基準、それが「お金」になっているのです。「そうは言っても仕方がないじゃないか。それ以外に表現方法がないんだから。」そう、まさにそこに現代社会の問題点が隠されているのです！！！本来、自分の人生をどういったものにしたいのか。誰しもが「幸せな人生を送りたい」ハズです。これは間違いが無い。しかし、その幸せの定義って、誰がしているんですか？自分です。人それぞれ幸せの定義は違います。その幸せって、お金で買えるのですか？いくらあればあなたの考える「幸せ」は手に入るのでしょうか。すばらしい旦那さん・奥さんと結婚して、いい家庭を築き、いい子を育てて、老後は悠々自適な生活をおくり、静かに、おだやかに息をひきとる・・・・これはたとえですが、こうした自分の人生のプランが人それぞれあると思います。結婚よりも仕事が充実した生活を望んでいる人もいると思います。そうしたそれぞれの人生を、人から客観的に「お金」として判断されて、「あなたの人生は【○○円ですね。】」と言われたら、あなたはどう思いますか？そうじゃない！！！と反発する気持ちが起こるのではないでしょうか。【あなたの価値はどのくらいありますか】改めてこうした問いかけをされた時、あなたは思わずお金で考えたと思います。なぜならば、現代社会はお金が基準になっているから。「貨幣とは何か」というところで考えてみました「貨幣の利便性」について、あらためてみてみます。なんでお金って使われているのだろうか、という問いかけについて、あまりにも便利に交流ができるツールであるがために、その利便性が行き過ぎた形で、「お金が単なる道具である」というところから「お金に支配される」形がつくられてしまっているのです。このことが、「現代社会の問題点」として、根本を成しているのではないか。お金に代わる「価値基準」ができないといけないのではないか。いや、そもそも「お金」を価値基準として比較対象する必要はないのではないか。そうしたことをもっともっと、考えていくことで、現代社会の問題点は解決していくのではないかと、そう思います。その具体的事例として、【お金を必要としないコミュニティ（社会）とは】ということを、このあと考えて見たいと、そう思います。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e13362.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>貨幣とは何か</title>
<description>708年、埼玉県秩父地方にて、日本で初めて銅が発掘されました。そのことを記念して、時の元名天皇は日本産の銅ということで元号を「和銅」とし、日本初の流通通貨をつくりました。それが「和銅開珎」です。今年は、日本初の貨幣である「和銅開珎」ができてちょうど1300年という節目の年。そこで、和銅開珎にちなんだ遺跡や神社などを巡りながら、「貨幣とは何か」について考えてきました。【貨幣の三つの価値】価値尺度として価値の保存・蓄積交換の媒介経済用語を並べたところで面白くもなんともないと思いますので、「なんで貨幣が使われ始めたのか」を、貨幣がない状態としてシミュレーションしてみましょう。あなたは牧場で牛を飼っているとします。ある時、そこにAさんが来ました。「牛肉食べたいから牛が欲しいんだけど」「おれは米をつくってるからさ。米と牛を交換しようよ。」さて、あなたはどうしますか？１。「どのくらいの量と交換するの？それによって決めたいんだけど」２。「いま交換したら食べたい時には腐ってしまう」３。「米は欲しくないから交換しない」４。「いいよ。交換しよう」たいてい無条件ではなく、１〜３の条件をなんとかしない限り交換が成立しないことが考えられます。それぞれ解説してみましょう。１。交換するものがそれぞれどのくらいの価値があるのか。その価値を比較検討し、お互いが妥当と考えることが必要になります。２。水や食料ならばどうしても腐ってしまう。腐らずに保管できないと欲しい時に交換できません。３。交換したいものを相手が必ず持っているとは限りません。逆に相手が欲しいものでないために交換ができないでは困ります。誰とでも交換が成立することが必要になります。こうした条件を満たしたツール、それこそが「貨幣」になります。さて、この３つの条件を基本として、次に現代社会の問題点について考えてみましょう。「貨幣を通じて現代社会の問題点を捉える」に続く「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e13349.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 13:00:18 +0900</pubDate>

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<title>『夢の実現を促すミーティング技術』</title>
<description>『夢の実現を促すミーティング技術』「夢の実現」・・・。みんなが思い描くことであり、なかなか雲を掴むような思いになったことはありませんか？少なくとも、夢の実現には仲間が必要です。その時、必ず必要になる仲間との打ち合わせ、うまくできていますか？今回は、その方法を会議コンサルタントの齊藤正明さんに教えてもらいます。「熱血！！青山塾」http://www.aoyamajuku.com/index.htmlというわけで、私も参加しております「熱血！！青山塾」主催で、『夢の実現を促すミーティング技術』というセミナーを開催いたします。講師は「斎藤正明」さん（齊藤さんはこんな方です）某海洋研究所でサラリーマンをしていた際、会議中の所長の無茶な一言で、まぐろ船に乗る経験をする。その際、「なんて、無茶な要求なんだろう。会議をうまくできなくて、困っている人は自分の他にいっぱいいるんじゃないのか。同じ思いをして欲しくない」と思ったことが、会議技術（ファシリテーション）との出会いとのこと。現在、企業の業績向上と社員の幸せを両立させる為の会議術を世の中に普及している。企業、大学、官公庁、問わず幅広く、研修、講演を行っている。DVD『売上げUPの会議術』は5人～30人までの中小企業に高い評価を受けている。●セミナー後、得られるもの：　　　１．夢をアドバイスする側、される側が楽しくなるミーティングのスキル　　　　　　（仕事でも使えるスキルです）　　　２．自分だけではなかなか解決できなかった問題が解決できる　　　　　　（例：今後の起業に向けた具体的な行動プランやプレゼンテーションの　　　　　　　　　プレゼン資料をみんなにみてもらい、改善点のアイデアをもらう など）　　　　３．次回セミナー開催時（5月予定）の夢実現のためのプレゼンテーション権　　　　　　（※希望者のみ）●日程：　平成２０年４月１９日（土）　　　　　　　※次回開催は5月24日（土）に予定（同会場、同時間）●時間：　13:30～16：00まで（受付13:10～）●準備物：　　　１．熱い心　　　２．やりたくても出来ていないこと、ちょっとした悩み●場所：　LEC水道橋校C-21教室⇒地図はこちら●懇親会：　居酒屋てっぺん女道場（渋谷）⇒http://www.teppen.info/●時間：　　 16：45～●プログラム　　▼１３時３０分～　セミナー開催にあたって（青山塾からのメッセージ）　　▼１３時４０分～　第一部　【夢を実現させるための価値のあるミーティングの方法】　　▼１４時４０分～　休憩（30分）　　▼１４時５０分～　第二部　【実践！-お互いの夢を支援しよう-グループディスカッション】（30分）　　▼１５時５０分～　質疑応答（１0分）　　▼１６時００分　　 終了　　▼１６時４５分～　「居酒屋てっぺん女道場」朝礼参加（第三部）　→　懇親会--------------------------------------------------------------------------------●対象者：　　　・夢をどのように実現すればいいか悩んでいる方　　・就職後、お金ではなく、社会に貢献していきたいと考えている学生の方　　・仕事をより充実したものにしたい方　　・会議技術に興味のある方●定員：　３０名　懇親会のみの参加も大歓迎です●料金：　学生：1,000円（学生証をご持参下さい　当日現金にて）　　　　　　社会人：3,000円（当日現金にて）　　　　　　懇親会：4,000円（当日現金にて）●印刷できるPDF版セミナー案内はこちらから　→　【夢の実現を促すミーティング技術PDF】　　　※お金のお支払いは当日、会場でお願いします。　　 　　尚、当日は混雑が予想されますのでお早めにお越し下さい。-------------------------------------------------------------------------------- 日程：　平成２０年４月１９日（土）時間：　13:30～16：00まで（受付13:10～）場所：　LEC水道橋校⇒地図料金：　学生1,000円　社会人3,000円　　　　　（税込み・当日現金にて） どうですか、なんておもしろい経歴でしょうか！！まぐろ漁船なんて、乗ってみたいですよね？（笑）えっ、そっちじゃないって？とにかく、興味がありましたら今日の明日で忙しいですが、こちらまでご連絡いただけたらと思います。熱血！！青山塾　受付担当　小松　090-2629-7164 skomatsu@soeinet.jp興味がありましたらぜひぜひ聴きにきてくださいませ。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e8968.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Fri, 18 Apr 2008 19:00:00 +0900</pubDate>

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<item>
<title>集中してやっていました。</title>
<description>先日の記事に紹介いたしましたが、「戦国時代の日本地図」に、「大名による勢力図」を色塗りしていました。色塗りと言っても、単に分かっているものを書き写して塗るだけではありません。歴史の本を読みながら、自分で資料を探し出して塗ります。「１５○○年の△△という戦いの時には、■家と□家が戦い、それによって、～という地名の場所は、□家の領地となった」これを探し出すだけでもけっこうタイヘンなんですよね。でも、子供は自分の好きな歴史についてのことなので、楽しみながら調べて塗っていきます。気が付いたら２時間が経過していました。単に「戦国武将が好き」、ということから、日本国内の地理的条件がだんだんと頭の中に入ってくる。自分の好きなことからだんだんと知識の幅を広げていく。個別指導だからできることですが、こうした形で本人の意思を尊重した教育ができれば、子供たちの才能はもっともっと伸びていくんじゃないかなと感じています。ぷちおとhttp://putioto.gunmablog.net/「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
<link>http://neweducation.gunmablog.net/e8834.html</link>
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<category>教育</category>
<pubDate>Wed, 16 Apr 2008 14:00:00 +0900</pubDate>

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<title>旧地名って、わかりますか？</title>
<description>このあたりが上野（こうずけ）と呼ばれていたこと、知っていますか。戦国時代が好きだとこういうの、よく知ってますよね。だけど、そうじゃない人はまったくしらなかったりして・・・でも、昔の地名は、いまでも残っているもので・・・「関越」「総武」「上信越」など、高速道路や鉄道の名前に関しては、けっこう多く残っているものですよね。「関東と越後を結ぶから関越」「房総と武蔵を結ぶから総武線」「上野と信濃と越後を結ぶから上信越」などなど。昔の地名を知っていると、いまでも役に立つことってけっこうあるわけですよね。さらに言ってしまうと、地名というのはその場所の特徴を表すことが多い。「坂本」という地名は、たいていの場合、宿場町において、山を登った・降りたの入り口となる場所を指していたり。そうした旧地名の由来を調べていくだけでもけっこう面白いものだったりします。というわけで、私たち群馬県の由来であるところの「上野をたどってみましょう」＜以下、ewikipediaより＞毛野国・毛国（けのくに、けぬくに、けぬのくに）は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つである。単に毛野（けの、けぬ）とも。律令制下では上野国と下野国が置かれ、合わせて、あるいはどちらかを毛州（もうしゅう）と呼ぶ。合わせて両毛（りょうもう）とも言うが、現代ではこの語は上野と下野の境界付近の狭い地域を指すことが多い。古墳時代、毛野国は毛野川（現在の鬼怒川）流域一体に勢力を有し、一つの文化圏・毛野王国を形成していた。毛野国の名称の由来は諸説ある。主なものを以下に挙げる。かつてヤマト王権から毛人の住む地として毛の国、二字表記にして毛野の字が当てられた。 毛は二毛作の毛、即ち禾本科の穀物を指す。昔この地域が穀物の産地であったことから毛野の名をなす。 この地は豪族毛野氏（けぬし）が治めていた。毛野氏は豊城入彦命の後裔とされる。吉備氏、筑紫氏と並ぶ大豪族だった。毛野国は後に上毛野国（かみつけぬのくに、後の上野国）と下毛野国（しもつけぬのくに、後の下野国）に分けられたとされる。534年（安閑天皇元年）、上毛野国（太田天神山古墳）は武蔵国造の乱で敗れた。一方、下毛野国では下毛野朝臣古麻呂が大宝律令の選定に参加して、大和朝廷の誕生に大きく関与した。それが「かみつけのくに」→「上野（かみつけ）」→「こうずけ」と変わり、県が設置されたときに「群馬県」となったという。ということなのですが、さらに個人的に追求して調べていくと、次のようなことになります。「多胡の古碑」で有名な甘楽町、吉井町についてですが、実は群馬県のあたりは、大和朝廷の頃は非常に栄えた地域のひとつであり、それは渡来人（朝鮮系技術者たち）が多数移り住み、繁栄したことに由来します。甘楽町という地名は、古来の「高麗（から）」からきている音が残った地名であり、そのあたりも旧来の地名から指し示されたものであったりします。なんて、地名ひとつから自分たちの住んでいる地域のこと、文化や伝統などを呼び覚ましていくこともまた面白いと思います。教科書からは学べない、おもしろ地域情報でした。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Mon, 14 Apr 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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<title>子どものことを本当に大切にできるかどうか</title>
<description>昨日は、うちの学院が「子育てサロン」となっていました！！子どもたちのはしゃぐ姿、「こっちきてー！！遊んで～！！！」袖を引っ張る子どもの姿と、その笑顔。「そうですよね。子どもの笑顔でがんばれる自分がいます。」「子どもと触れ合うと、自分も癒されますよね。」「仕事が忙しいんだ。」「たまに遊ぶからそう対応できるんだ。」「わかってるけど、そうはできないのが現実だ」ご家庭によって様々な反応が返ってくると思います。確かに、現実を見たら仕事が忙しく、疲れて帰ってきたところを騒がれたら「ちょっと待て、休ませてくれ」となるかもしれません。けれど、ちょっと待ってください。そもそも、なんで子どもがいるのでしょうか？「子どもが欲しいから」「できちゃったから仕方なく」「次世代を育てなきゃ」「特に理由はない」「愛の結晶として、夫婦で育てたいから」これも、それぞれのご家庭の事情というものがあるでしょう。あまり積極的に子どもを育てたいという想いではないご家庭も、残念ながらあるかもしれません。だけど、この根本の部分で感じたことを、想いを、もう一度心に浮かべてみてください。生まれてきた瞬間の喜び、感動。この瞬間は、本当にすばらしい瞬間だったと思います。誰も自分の子どもを「どうでもいい」と育てることはないと思います。ならば、疲れていても子どもと接することをどんどんと増やしてください。こっちを向いてくれる親の姿を見て、子どもは絶対に笑顔で返してくれるものですから。人が成長するために絶対に必要なこと、それは「安心できる拠点」どんなにタイヘンなことがあったとしても、そこに戻ってくれば安全・安心だという場所。それがあるからこそ、色んな場所に出かけたり、挑戦したりすることができる。そこを抜きにして、「勉強しろ」「もっと人と関われ」などと言っても無理です。安心できる場所がないのに旅に出る。それこそ、旅から旅へと、自分の居場所を求めてうろうろとさまようことになります。その結果として、安易に「安心できそう」というところへと転がり込み、騙されていいように利用されてしまう結果を招いてしまう。安易に身体を許すというのも、身体的つながりに、安心感を求めた結果でしょう。よくわからない団体に所属してしまう、宗教にはまってしまうのも、精神的安心を求めた結果でしょう。ひきこもってしまうのも、安心感が得られないから、外に出ることが怖くなるのです。そうならないためにも、あまやかすことと安心できる拠点としての意味の違いを感じた上で、安心できるように、子どもと接してみましょう。では、どうしたら子どもが安心した拠点となることができるのでしょうか。それは、具体的な接し方がどうこう、ではなく、「子どもと向かい合うという姿勢と気構え」にあります。子どもは敏感です。自分と向き合ってくれる、自分のことに真剣になってくれる、と感じた人に対しては必ず『笑顔』で迎えてくれます。立派な子育てをしようだとか、そうした意識・知識は必要ないのです。「子どもたちと精一杯向かい合うこと」そのことだけで充分なのです。「めんどくさいな」とか「適当に相手しておこう」そういった心をもった瞬間に、子どもから笑顔がなくなります。「子どもの笑顔は最高のカウンセラー」「子育ては、子どもを育てるとともに、親も育てる共育である」子どもの笑顔に触れてください。子どもと向かい合ってください。「自分のことを大切にしてくれた」その気持ちを子どもに抱かせることができたら、方法で悩む必要はなくなります。「頭がよくて、人を大切にできて・・・・」理想の大人像を、勝手に子どもに貼り付ける前に、そういった「大切にすべきこと」に目をむけ、子どもから笑顔を向けられれば、次の日の子育てもがんばれます。そういった子育てを行えるような日本にしたいなと、そう感じて日々の活動を続けています。「楽しいことが人生だ！！」は　にほんブログ村　に参加しています。よろしければクリックをお願いします。</description>
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<category>教育</category>
<pubDate>Sun, 16 Mar 2008 18:00:00 +0900</pubDate>

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