2010年08月25日

「何もしない人ほど批評家になる」

何もしない人ほど批判精神ばかりを育てて、人生を孤独にする傾向があるのです。
批判ばかりがクセになると、自分の小さな行動に対しても「くだらない」「意味がない」
と自分にも批判精神は向いてしまい、自分の前向きなエネルギーまでもが枯渇します。

「何もしない人ほど批評家になる」

「何もしない人ほど批評家になる」



「見〜て〜る〜だ〜け〜」

「自分は見ていただけで、その責任はないよ。」
「私は一市民だから、文句いう権利がある」
「人より目立つから文句言われるんだ。嫌ならおとなしく生きろ」
「私はガマンして生きてるんだ。嫌ならお前もガマンしろ」
「私は苦労している。楽して生きている人間に対して文句言える立場にある」


・・・

などなど、私が過去に言われたことがある言葉です(実話)

うーん・・・
どっからどうとらえると「文句言う権利」とやらが得られるのかが不明です。
そしていきつく先は「自分のことも自信がなくなる」
で、「自分を否定している」ことを指して、「自分は苦労している」と。

うん。その生き方をすることを私は否定はしませんが、
他人を否定するとなると、それに関しては反論させてもらわざるを得ません。

聴いていると、最後に出てくるのは
「うらやましい」
「自分は苦労しているのに報われない」
「苦労しないでいい人生を送っている人間は許せない」
「お前らも少しは私の苦労をしるべきだ」

これらも私が直接言われた言葉ですが、こうしたことを言われるわけで・・・

結局、そんな彼らの心を癒すためには、膨大な時間と労力がかかるのですが、
いずれにしても、他者を批判する時間があるのであれば、
趣味をもつなり、外に出るなりして気晴らしや癒しをしてもらいたい。

・・・まあそう投げかけたところで、
「そんな時間は無い」
「そんなお金は無い」
「私の癒しではなく、問題は別にある」
などなどの返答が返ってくるわけですけども。

それでも、そこであきらめずに投げかけ続けることで、
いつか本人が気がつくのを待つしかないんでしょうけども、ね。

自分で抱え込むわりに、人が変われば問題は解決する、
と思うと、永遠に解決することはないわけで。

他人を変えようとするのではなく、自分が変わることでしか
世の中は、自分をとりまく環境はかわらない。


自分も、こうした事例をとうして、よく考えるようにしておきたいと思います。



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Posted by くみちょう at 18:00│Comments(0)まじめ
 
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