2013年08月08日

【反省と後悔は違う】

【反省と後悔は違う】
~ 反省は未来に向かい 後悔は過去をうらやむ ~

「反省」とは 失敗を糧にして
未来の自分をよりよいものにするためにある

「後悔」とは 失敗を悔やみ
過去の自分に戻りたいと 今を卑下することになる


過去に戻ることはできない
だから やってくる未来をよりよいものにする

その方がいいと思いませんか


自分を卑下した先に未来はない

失敗をしない人はいないのだから
どうせなら 失敗を未来に活かそうよ





それが私の生き方です  

Posted by くみちょう at 19:45Comments(0)まじめ

2013年06月06日

【時代に取り残される気持ち】

【時代に取り残される気持ち】
~ 苦労して身に着けたものが
意味がなくなったと感じられる悲しみ ~

20代の頃には
「なんで上の世代は 頑固で人を認めようとしないのか」
とかみついていたわけですが・・・
30代になり 自分自身も社会経験を10年と積んできた中で
ふといろんな付き合いが見えてきた時に
少しずつ感じることが増えてきました

それは【時代に取り残される感覚】が
どれだけ【おそろしい】ことなのか
そしてそれに【抵抗したくなる気持ち】も
わかる気がします

どういうことか

50代60代の 特に職人さんとして生きてきた人たちは
自分たちが若い頃には
「先輩たちからの理不尽なしごき(いじめ)」に耐えて
「とにかくやるしかない」中で自分のスキルを磨いてきた
「お前らも いつかしごきに耐え切って
上に立てば同じことができるんだから」
そう言われて・・・悔しく想いながらも耐え忍んできた

で いざ自分たちが先輩たちの立場になった時
そう「いまの時代」
「しごいたら辞めていく後輩たち」がいて
「いじめやしごきがナンセンス」だとテレビなどで言われて
ふとまわりを見渡してみたら・・・孤立している自分がいた

・・・この悲しみや苦しみって どうなんだろうか・・・


上記の通り、20代の頃の私は
そんな彼らとも散々争ってきました
「人をいじめるな!!!」
「理不尽な怒りをぶつけるな!!!」
「上に立ったからって偉そうにするな!!!」

・・・彼らは「すべてを否定された」
「気になっている」かもしれないんですよね





逆に私にとっては追い風です
昔はそういう先輩たちに立ち向かっても
「バカじゃないの?」
「そういうことするから余計に叩かれるんだよ」
「ガマンするのが一番いいよ」
そう言われてきたのが
気が付けば賛同者の方が多い
時代として 私の方に追い風が吹いている


・・・別に彼らを擁護する気はありません
どんな理由があろうとも
「人をいじめる」
「理不尽に怒りをぶつける」
「上に立ったら偉そうにする」
ということは 私は嫌いだし なくしたいと思うから

でも そんな生き方しかしてこなかった彼らを
どうやったら助けることができるのだろうか

争うのではなく 彼らも生きる道を提示できないのであれば
結局 争いにしかならないんじゃないのか・・・

そんなところを今考えております


もし自分が同じ立場だとして
30年早く生まれてきたとして
そしたらどんな対応していただろうか
どんなことができるかなって・・・


争うのではなく みんながうまくいく方法を
模索したいなと思います  

Posted by くみちょう at 12:41Comments(0)まじめ

2013年05月30日

「義務先行の原理」

「義務先行の原理」

「道徳的義務を先に果たした結果として
(周りの人を幸せにした結果として)
自分が幸福を享受できるようになる」


当たり前のことですが
人を幸せにしようとしている人のところに
しあわせは訪れるものなんですよね




  

Posted by くみちょう at 18:08Comments(0)まじめ

2013年05月29日

【恩師からの電話】

【恩師からの電話】
~ あなたらしい言葉だね ~

「子どもに生き方を示す」

ということで以前書かせていただきましたが
私が教員を目指すきっかけとなった その恩師から
電話が来ました

「いつも見てるわよ
何度も載っててすごいじゃない!!
あなたらしい言葉だなって そう感じてるわ
こうして活躍している姿を見ると
親御さんやみんなも すっごく安心するんじゃないかしら
私もうれしかった
これからもがんばってね」

・・・





「あなたらしい言葉だなって・・・」

いつも見てくれていなくちゃ
そんな言葉は出てこないだろうなって

ありがたいな 本当に・・・

・・・本当に ありがたいな・・・

ということで 昨日も泣いてしまいましたが
いままた思い出して泣いてます

あー いい涙が流せたな(*^^*)


恩師はもちろんのことですが
はじめに電話に出て 同じように喜んでくれた母親
そして こうした文章を書けるようになったり
感謝できる人間に育てくれたり 影響を与えてくれたみなさんに
出逢えたことに あらためて感謝です

本当にいつもありがとう

やっぱり私はしあわせです(^^)  

Posted by くみちょう at 12:48Comments(0)まじめ

2013年05月27日

【託された想いに応える】

【託された想いに応える】
~ 上毛新聞オピニオン21 平成25年5月25日(土)掲載 ~

あそびの市場実行委員会
実行委員長 小松愼二


このおばあちゃんに出会えて
こんなお話をいただけることが
私の人生のよろこびなんだと
そうつくづく感じています





~ 以下本文 ~

よく「今の日本は恵まれすぎているからよくないんだ」
「経済大国とか言って物質的な豊かすぎるからこういうことになるんだ」
そうしたネガティブな意見がありますが、それって本当にそうなのでしょうか。
その一つの答えを聴いた出来事をご紹介いたします。
 これは私が大学一年生の春のお話。
大学生になったということがうれしくもあり、
また初々しい気持ちでいっぱいだったあの頃。

大学周辺を友達と散歩しながら、
ふと目に入った農作業をしていたおばあちゃん。
「こんにちわー」とあいさつしたら
「こんにちは。学生さんかい?」なんて話しかけられて。
立ち話を3時間くらいしたのですが、その時のお話です。

「教育学部なんですよ」なんて話をしつつ、
「子育て」の話だとか「いまの教育の話」だとか、
いろいろと話が盛り上がる中、こんな話になりました。

おばあちゃんから「大学生いいねぇ。楽しんでね。」
そう言われた時、当時の私はちょっと悩んでこう答えました。
「ありがとう、おばあちゃん。
でもね【大学なんか行かないでいいから仕事しろ】とか
【大学行くなんて道楽だよね】って言われたりすることもあって・・・
これでいいのかなって悩んだりもするんです・・・」

そう言った私に、そのおばあちゃんはこう言いました。
「私たちの頃には、勉強したくてもできなかったの。
みんな生きるのに精いっぱいで、とてもそんな余裕はなかった。
勉強なんかできない。好きなことなんかもちろんできない。
でもね、そんな中でなんでがんばってこれたと思う?
それは【自分たちは無理でも、子や孫の世代には、
お金のことなんか気にせずに好きなことしてもらいたい。
勉強してもらいたい。考えたり悩んだりしてもらいたい。
そのためにいま私たちはがんばるんだ】って、
そう思って生きてきたの。
そう思うことで生きてこれたの。
だからあなたたち孫の世代には、
お金のこととか仕事とか気にせず、
一生懸命勉強してもらいたい。
それが私たちの願いだから。自信を持って勉強してね。」

立ち話でしたが、私はおばあちゃんのその想いを聴いて涙がこぼれました。

 冒頭のようなネガティブな意見は、私はまちがっていると思います。
「豊か」にしてくれたことに感謝こそすれ、
それを非難するような発言は、
このおばあちゃんに対して失礼きわまりないなと。
豊かなことを否定するのではなく、
豊かさをどのように有効に使っていくのか、
そこに段階がシフトしたのが、
現代の日本社会なのではないでしょうか。
父母、そして祖父祖母からの【託された想い】に今応えていく、
そんな社会にしましょう。  

Posted by くみちょう at 21:43Comments(0)まじめ

2013年05月22日

【宗教戦争が大嫌いな私】

【宗教戦争が大嫌いな私】
~ でもそれを主張する私も同類 ~

「人を救う」ために「宗教」ってあるんじゃないの?
なのになぜ「お互いが殺し合った」りするのだろうか

その考え方が許せない!!!





・・・と思っている自分が
考えてみたら「新興宗教」みたいなもので
「過去の宗教」に対して「宗教戦争」をしかけているのと
同じことになるんだよなと思うと


「認め合うむずかしさ」をしみじみ感じます

目的はみんな「しあわせになる」ってことのハズなのにね  

Posted by くみちょう at 12:37Comments(0)まじめ

2013年05月21日

【日本文化の神髄を 竜安寺の石庭に見る】

【日本文化の神髄を 竜安寺の石庭に見る】
~ まわりを活かすことを大切にする日本文化 ~

高校時代の修学旅行で行った竜安寺の石庭
そこでこんなことを教えてもらいました





~ 以下回想 ~

・・・私一人「竜安寺の石庭」を
3時間眺め続けまして・・・

みんな飽きて (むしろ計画通りに)
あちこち見に行っている中 私は一人でずっと石庭を見続けていました

はじめは「角度を変えたらどう見えるのか」
(石が必ず隠れるようになっているとのこと)
これを検証したいと思ってみていましたが

そのうち「これをつくったのはどういう意味があるのだろうか」
「この景色の中に【何かがある気がする】」

という漠然とした でも惹かれるものがあって
ずっと見続けていました

・・・ちょうど2時間くらいが経過した時に
ふらっと立ち寄ったらしきお坊さんに
「長いこと見ていますが 何か見えましたか」

そんな風に話しかけられました

「いや 何か庭だけではなくて
違うものがあるのに それに気が付けていない
そんな気がするんです・・・・」

そう返した私に こうお話してくださいました

「この庭の中だけを見るのではなく
【外の景色】も合わせてみるようにしてみてください」

「日本の庭というのは【まわりの景色】も合わせて
つくりあげられるものなんです
【ちいさな 完成されたと思われる世界に目を奪われることなく
まわりをも合わせて 調和した美しさに気が付けるように】
そんな想いが込められているんですよ」

と教えてくださいました

~ 以上 回想終わり ~

日本の文化って
「庭」ひとつとってみても
「まわりとの調和」「自然を活かす」ということに
意識が向いている

自分たちがつくれる範囲 手を付けられるところは限られている
そこに意味を持たせることももちろんだけれども
その外側「手が付けられない範囲」をも活かすことができると
その力は 感動は 無限に広がるのだと


そんな素敵な日本の文化の神髄を経験できた事例でした

ふと思い出したのでまとめてみました  


Posted by くみちょう at 12:41Comments(0)まじめ

2013年05月17日

【「自己啓発」は私を啓発しない ~齊藤正明~】

【「自己啓発」は私を啓発しない ~齊藤正明~】
~ オススメの本です ~





すっごく面白かったですね♪
いつもながらの「齊藤正明ぶし」というのでしょうか
本人を知っているというのもありますが
それをなしにしてもおもしろい!!

こんなに「人に流される」人で
こうした本書いている人で見たことないよね?

そんな意味で 読んでいておもしろいってのもあるし
実際に「そうだなー」と深く納得するところもあり

非常におもしろい本です

個人的な学びをいくつか列挙しますと。。。

1.「何万円 何十万円もするセミナーだとしても
  学びのポイントは一か所かあっても二か所程度
  (自分が身に着けられる学びは一か所程度)」
2.「多くを期待しないでいけばそれなりの価値はある」
3.「仕事ができる上司ほど部下の欠点が目について
  バカにする」ため上司としてはうまくいかないことがある
4.【人をコンロトールする方法】を学ぼうと思ってもうまくいかない
5.「自己啓発」を学んだがためにまわりが「できない人間」に
  見えてしまうというマイナスもある
6.「他人の判断」などまったくあてにならない
  ※ 事実は同じでも 成功すればほめられ 失敗すればけなされる
7.「王道の企画」はすでにその道の権威ある人が行っている

なんてところかな
ほかにもたくさんあるのですが
みなさま それは読んでみてのお楽しみにしておいてくださいませ

ということで
【「自己啓発」は私を啓発しない ~齊藤正明~】
オススメです♪


  


Posted by くみちょう at 18:34Comments(0)まじめ

2013年05月14日

【訓】

【訓】

博く学びて 篤く志し
切に問いて 近く思う
仁、その中に在り





先日の「迦葉山」でのおみくじに書かれた言葉です
「切に問う」こと これは一人ではできない
自分の中に問うことも大切ですが
深めあえる仲間が大切なんですよね

改めてその大切さを実感しています(^^)
こんな人生を語るようなお話ができることに感謝ですね  

Posted by くみちょう at 15:05Comments(0)まじめ

2013年05月08日

【勝者を考えなければいい】

【勝者を考えなければいい】
~ うさぎもかめも どちらも生き方の違いなだけ ~





「コツコツと着実に生きるのがいいですよ」
そんな教えとして教わることが多いですが・・・
ホントにそうなのかな

「がんばれるところでがんばって
疲れたら昼寝して また起きてがんばればいい」
そんなうさぎの生き方もありなんじゃないだろうか

どっちがいい ではなく
「自分はどっちが性に合っているのか」
という視点で見られるようにしたいな  

Posted by くみちょう at 15:17Comments(0)まじめ

2013年05月08日

【世の中千差万別である】 と言い切る矛盾

【世の中千差万別である】
~ と言い切った時点で千差万別でなくなってしまうこの矛盾 ~

「世の中千差万別である」
というのが私の考え方なんですが

「世の中絶対真理があるのだ」
とする考え方を否定することになるから
結局それって「千差万別にならない」んですよね

この矛盾を解消できれば
私の人生は変わるんですが・・・

永遠の課題かな?  

Posted by くみちょう at 00:35Comments(0)まじめ

2013年05月01日

【生と死】

【生と死】
~ 何が違うのだろうか ~

私が「生きる意味」とかを考えはじめたきっかけを
お話したいと思います

それは私が小学校二年生の時

それまでは山や川に行っては
「ザリガニ」とったり「メダカ」とったり
「クワガタ」「カブトムシ」「カマキリ」なんかを
虫かごに入れては「戦わせて」遊んでいました

子どもごころに「殺生」だなんて考えはありませんでした
友達もみんなそうやっていたし
むしろ「虫に触れない」とかが「バカにされる」ような状況でした

そんな日々を過ごす中で 今でも忘れられない瞬間がおこりました

それは いつものように
「虫かごに入れて放置」しておいた「虫たち」が
みんな死んでいた ある夏の日の出来事

「うわー 気持ち悪い!!!早く庭の木のところに捨てよう!!」
そう思って虫かごを「嫌そうに」持った自分自身が
「ふと客観的に」見えました

なぜそう客観的に見えたのかはわかりませんが
その瞬間に 私はこう感じました

「あれっ 生きていた時には
よろこんで触っていたクワガタなのに
なんで 死んだ瞬間に
【気持ち悪い】ってなったんだろ?

同じモノだよね?
何が変わったの?
なんで僕は【気持ち悪い】って思ったの?」

その途端に
自分の心の奥底から「恐怖」が湧いてきたのを
いまでもよく覚えています





「人が喜んで触っていたものを
私が放置したせいで【気持ち悪いものに変えてしまった】んだ」って

もし自分が同じように
【気持ち悪い】って思われるようになったらどうしよう!?
自分がこの虫たちと同じように
死んだらみんなが気持ち悪がって逃げるんじゃないのか!?
嫌だ!!!そんなのなりたくないっ!!!


それから 高校生になるまで
私は虫が触れなくなりました

正直 大人になって
子どもたちとキャンプ活動などをするようになって
改めて虫で遊ぶようになるまで
怖くて触れませんでした


それが 私が「生と死」を肌で感じた瞬間でした


私はそれ以降 そうした「生と死」について
深く考えたり 感じたりする機会が増えました

まあこんな話をするとドン引きされるか
逆にめちゃくちゃ興味をひかれるかのどちらかが多いですが(笑)
いまなら一つの話題提供として話せるなあと思っております


特に何の意図があるわけでもなく
なんとはなしに 思い出したので話してみました

物理的には「生きている」としても「死んでいる」としても同じ
なのに どうして「生」きているものには触れたのに
「死」んでいるものには拒否反応が出たのだろうか・・・

すでにその時に「死」は怖いもの
というような認識が自分の中でできていたのか

それとも本能的なものだったのか

いまでも よくわかりません
ただ 言い知れぬ恐怖を感じたあの瞬間の
なんとも言えない感覚だけは 覚えています


もっとこのあたりのことにも
向き合ってみた方がいい気もするんだけど・・・
難しい話題ですかね  

Posted by くみちょう at 19:54Comments(0)まじめ

2013年04月22日

【群馬の子育て関連団体の情報を集めております】

【群馬の子育て関連団体の情報を集めております】
~群馬子育て情報BOX 地道に活動中~

「群馬青少年会館 友の会」
http://gunma-kosodate.com/search/detail.php?no=69

本日こちらの団体様の情報を掲載させていただきました
うれしいですね こうして情報を提供いただけるって(^^)





子育て関係の情報を掲載したり 集めたりしております

焦らず 騒がず 時間はかかるけど
直接知り合ったみなさまから
少しずつ 少しずつ 情報提供をいただきながら
これからも進めていきたいと思っております


みなさまの周囲で 「こんな子育て団体があるよ」とか
「今度こんなイベントするので紹介して欲しい」
などありましたら 【無料】で掲載いたしますので
ぜひともご連絡くださいませ☆

よろしくお願いいたします

「群馬子育て情報BOX」  

Posted by くみちょう at 20:23Comments(0)まじめ

2013年04月16日

【運命は自分で切り拓くもの】

【運命は自分で切り拓くもの】
~世の中のさまざまなものは「ヒント」を示してくれるだけ~

私はタロット占いができます
「そんなの当たるのか」とか
「そんなの信じられるか」とかありますが
その通り「当たるも八卦 当たらぬも八卦」です

そもそも占いがすべてを教えてくれるわけではありません
これらは「ヒント」を示してくれているだけなんですよね





ではそれって何の「ヒント」か
それは「人生をより豊かにするため」のヒント

世の中のすべてのことが
そもそも「こうだよ」と言っているのではなくて
「ヒント」を示してくれているんですよね

それを「アドバイス」として受け入れて
好い方向に進むのも自分次第
まったく無視してやりたいことをやるのも自分次第

信じるも 当たるもなくて
それを「どう活用すれば 自分にとってよくなるのか」
そうとらえてもらえればいいなって
いつも感じています


【運命は自分で切り拓くもの】
そのためのヒントはたくさんあるのだから
そこに気が付いて 活用できる人でありたいですね♪  

Posted by くみちょう at 12:41Comments(0)まじめ

2013年04月10日

【全部はやりきれないって時には】

【全部はやりきれないって時には】
~今回はこっち 次回はあっち と決めてやる~

「あれもやりたい!!」「これもやりたい!!」
ということでやりたいことがたくさんある時

そして
「あれもやらなきゃ!!」「これもやらなきゃ!!」
とたくさんのことに追われている時

「時間が足りない」「どうすればいい?」
ということはたくさんあります

そんな時には
【今回はこっち 次回はあっち】と決めるのがいい

悩んでいる時ってたいてい
【どっちも大切だから決まらないんだよ!!】
ということが多いですが

「今回はこっちを大切にして
次回はあっちを大切にする」

というふうに「今だけ」を見るのではなく
これから先を長い目で見て考えれば対応はあるもの

【それでも両方出たいんだよ】
【どっちもやりたいんだよ!!】
という時 それはその時やらずとも
別の機会がまた必ず訪れるもの

だから焦らず 騒がず 一つに決めてやる

それが大切





・・・と言葉で書くとできそうですが
できないことが多いんですよね

そこで「2×2」のマスを書いて区分けする
縦軸を【いますぐやらなきゃいけないことかどうか】(緊急度)
横軸を【自分の人生において大切なことかどうか】(重要度)
の二つにして そこを切り分けて考える

忙しい時ほど テンパっている時ほど
これをやる効果が高い

昔はよくやっていたものですが
最近やっていなかったので
自分でもふたたび見直してやってみております


感覚も大切だけれど
鼻が利かなくなった時には
こうして整理することもまた必要ですよね


さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  

Posted by くみちょう at 07:09Comments(0)まじめ

2013年04月09日

【自分が動けば決まるっていいですよね】

【自分が動けば決まるっていいですよね】
~人にお願いをするのが苦手~

私の場合「これ!!」と決まったあとの行動は早いです
「地域イベントがしたいよね」
なんて話が出て「じゃあやりましょう♪」
となったあとの動きの早さには自信があります

その日のうちに協力団体
主催の場所 時間 チラシづくりまで
すべて済ませて「はい あとは調整しましょう」
なんてことをよくやっていたものです(^^)


でも 最近それに陰りが見えてきまして・・・

特に「自分ひとりではできないこと」の時に

「ちょっと待ってください
〇〇さんに確認をしてみてから・・・」
「すいません ××の調整をしてみてから・・・」

ということになるとまったく動かなくなります
「これ!!!」と決まった瞬間に
全力で動くのは変わらないのですが

その時すぐに決まらなかったことに関して
「やる気が出なくなる」
「どうでもよくなる」傾向が強くなりまして・・・


考えてみると
今までは「自分ひとり」で動かすことが多かったので
なんでも自分の裁量一つで決まっていたんですよね
だから決定から行動が早い
やる気一つでなんとでもなった

それが 最近はいろんな人たちとの絡みも多くなり
自分だけの裁量では決まらないことが多くなってきた


・・・あたりまえのことですが
組織として動くようになったり
規模が拡大するにつれてそうなっていくものなんですよね

そこにまだ自分自身がついていけていない部分がある

自分が動くのは得意だけれど
人を動かすのが苦手

・・・人に動いてもらうってのが苦手というのが
正しい表現かもしれません

何か悪いことしている気がするというか
以前ちょっと記載したことがありますが
「期待」ではなく「要求」してしまう自分がいる

そのことが嫌で それならはじめから人にお願いをしない
という選択をする部分が自分の中であります

まあ 前よりは多少はお願いできるようには
なってきたと思いますが
まだまだ 人に頼れず 自分でなんとかしようとする
抱え込もうとする傾向が強い


よい意味で「逃げる」こと 「手放す」こと
それができるようになっていきたいなと

改めて自分を振り返って思う今日この頃です





自分との対話も
きちんと文章化して掘り下げていくと
面白いものですよね  

Posted by くみちょう at 20:14Comments(0)まじめ

2013年04月08日

【欲をなくそう という欲が出た段階で終了】

【欲をなくそう という欲が出た段階で終了】
~無意識に行動した時にこそいいことがおこる~

私は運がいいんですよね
過去にはゲームソフト(限定品 5万円相当)
MDプレイヤー(当時の最新品 3万円相当)
などが当たったりしております

それも「たまたま人から頼まれて
その用事を快く引き受けた時」など

「普段なら絶対に通らない場所 行かない場所」で

「なぜかたまたまくじ引き」をしていて
一等賞・特賞が目について

「あっ 当たるな」と思った時に当たります


でも宝くじは一切当たったことがありません

なぜか それは自分の中では答えが出ています
そう「欲」を出しているから



【欲出さなきゃ当たるんだよね?】
ということで 人から宝くじを買ってくるのを
頼まれたりもするんですが 決して当たりません

そう 「欲を出さなきゃ得をするから」
と意識した段階で「欲をかいている」んですよね(^^;)

当たり前なんだけど
それが難しいわけで

それこそ 上記のように
「人から頼まれたことをやったりして
それもまったく意図せず
その時に結果としてくじがあった」などでなければならない


そんなわけで・・・
運がいいんだけれども
その運を活かそうとしようとすると
作為的になってかえってよくない結果を招く

そんな経験 みなさんはありませんか?





神様にお祈りするときも
自分の幸せではなくみんなの幸せを祈る
または神様に感謝を伝えに行くのがいいんですよね

なんてことを思い出した そんな春の日  

Posted by くみちょう at 12:48Comments(0)まじめ

2013年04月06日

【最期の最期に決めるのは自分自身】

【最期の最期に決めるのは自分自身】
~私の人生を決める言葉~
「後悔しない生き方 自分の人生」


おはようございます♪
うれしいことで

「私は【自分が傷つけられる分でも
人を傷つけて生きることはしたくない】」

ということを宣言しておりますが
そのことを指して

「じゃあお前を攻撃してやる!!
絶対やり返さないってことを
試してやるからありがたく思え!!」
と言って嫌がらせをしてくる人

「たしかにそれはいいと思いますが
実際にやったら私も
上記のように攻撃をされました
どう対処したらいいんですか」
と相談してくる人

「そんなのキレイごとで
実際には自分が人を攻撃しないと
身を守ることはできない
キレイごと言うんじゃない!!!」
と怒ってくる人

「先生は絶対にやりかえさないって聴いたよ
だから蹴っ飛ばしてもいいんだよね?」
とか言いながら蹴っ飛ばしてくる子ども


こんな方々からのメッセージや
実際にやってくることが多々あります

では私がそうした時に
どのように対応しているのか
どのように考えているのかを書きます


「いいと思うよ あなたがそうするのであれば
そうしたいのであれば
最期の最期 その人生の選択は
あなた自身がするものだから

ただ 文字通りそれは【最期の最期】
人生が終わる時にあなた自身が
それで【後悔しない】のであればそうすればいい

私は 少なくとも
人から攻撃されてやり返すのもそうだし
そもそも【あいつは反撃しないから攻撃しろ】
と考えて 人を攻撃したり 嫌がらせをする人と
仲良くしたいとは思わないし 近寄ろうとも思わない

誰も見ていないと思っても
必ず誰かが見ている

なによりも【自分の行動】は【自分自身がよく見ている】
それでも 本当に 心の底から【後悔しない】なら

その姿を人が見た時に
嫌われたり 離れられても
【それでもいい】と思っているのであれば
そう行動すればいい

ただ私は そんな生き方は後悔しか残らない
人からは大切にされたいし 愛されたい
仲良くしたいと思っている

だから私は反撃しない生き方を
【自分が傷つけられる分でも
人を傷つけて生きることはしたくない】
そんな生き方をしているのだ

とそう伝えていますし そうしてきています

それでも攻撃をし続けてくる人はいます
そしたらそれはそれ

それ以上何も言いませんし しません

本人がそれで苦しくないのであれば
それでいいんじゃないでしょうか





でも ホントに苦しくないのであれば
「なんで そんな生き方をする私を
攻撃しないと気が済まない」のかと

それって 本当のところは
人から愛されたい 仲良くしたい
大切にされたいってことじゃないのか と


そんな言葉を投げかけさせていただきます


これってものすごく厳しい言葉だと思います

でも この言葉以上に
私自身が痛烈に 自分自身の人生を振り返って
大切だと思ったこと 後悔してきたこと
どうしてもこうしたいと思ったことはないので

厳しいことだからこそ 伝えたいと思っています


もう一度 最後に投げかけたいと思います

【あなたはその生き方で
最期の最期 後悔しないでいられますか】  

Posted by くみちょう at 07:52Comments(0)まじめ

2013年04月04日

【世界で一番素敵な言葉】

【世界で一番素敵な言葉】
~自分の名前に誇りを持って生きる~





私の名前は「しんじ」
「愼二」
こころから真実だと思うことと向き合い続けて
でも慎みのこころをもって謙虚に
人を盛り立てて生きること

ということでつけられた名前です
次男として生まれてきたからの「2」ではなく
人を盛り立てるために2番手になるのです

人を「しんじ」てこそその生き方は成就できる
どんなに人に裏切られたとしても
騙されたとしても それでも信じ続けるからこそ
人は認めてくれる 見てくれるのです


そんな素敵な名前を付けてくれた親に改めて感謝です
そんな名前と生き方をしてきてこれた
まわりの素敵なみなさまに感謝です

ありがとうございます♪(*^^*)

そんな素敵な気付きを教えてくれた
素敵な歌をみなさまにもシェアしたいと思います

【世界で一番素敵な言葉 安達充】
  


Posted by くみちょう at 07:00Comments(0)まじめ

2013年03月30日

【遺書 平成25年3月30日】

【遺書 平成25年3月30日】
~元気な時に本音を語る大切さ~


言いたいことも言えなくなってから
急いで遺書をつくるのではなく
元気なうちにこそ遺書を書いておくこと

それはしておきたいと思ったので
今夜自分が死ぬとして文章を書いてみます





~ 遺書 ~

私と関わるすべてへ

いままで本当にありがとうございました
私はいま 心の底から「しあわせ」です

ですので私が死ぬことを悲しまないでください

なぜなら「私の想い」を共有している素敵なみなさまと
こうしてつながることができているから

肉体的にはなくなったとしても
私の想いは生き続けることを確信しているから

みなさまを介して 私のやりたかったことは
すべて叶っていく
その未来が見えるからこそ
私は安心して 死を迎えいれることができます


私にとっての「しあわせ」とは
「この世の中で 想いを共有できる仲間と巡り合えたこと」です

私の中にあるたくさんの想い
それらはすべて みなさんからいただいたものです
私が大切にしたい 叶えたい想い
感謝してもしつくせないこの想い

こんな素敵な想いが自分の中にあるということ

それは同時に 私の想いがみなさまの中にもあるということ

うぬぼれでもなんでもなく
純粋に感謝として 私はそれを感じています

そんな気持ちを抱いて生きてこられたこと
そして死んでいくことができること

これ以上のしあわせは私はないと想っています

私の中に何も後悔はありません


そんな想いを みなさまに感謝とともに
お伝えできれば もうそれ以上望むこともありません

いままでありがとうございました

しあわせに生きられたことに感謝して。。。


平成25年3月30日

小松愼二

~ 以上 ~


いまの自分の本音を書いてみました
これ以上でも これ以下でもない
等身大の自分の姿です

これから定期的に見直していきたいと思います

本当に みなさんありがとうございます  


Posted by くみちょう at 02:34Comments(0)まじめ

2013年03月27日

【親孝行とは】

「両親に孝行を尽くす」とは
両親に恩返しすることではなく
自分の身体を大切にし
自分自身を大好きになることである

~二宮尊徳~






「育ててくれた親の期待を裏切ってしまったから・・・」

そんな理由で自殺してしまった友人がいます

その親御さんの嘆き 悲しむ姿は
いまでも忘れられません


死ぬことは 責任をとることではない

償いにもならない
ましてや 恩返しどころか
親不孝ではないのか

悩み苦しみ 死ぬことを選ばざるを得なかった
そんな人に対して言う言葉ではないのかもしれませんが

もう年数も経って でもあらためて想う・・・

「死んで花実の咲くものか」


表層的な意味で
「自殺はやめよう」なんてことは言わないし言いたくない
けれど やっぱりこれだけは言えると思う


自殺なんてしても何もいいことはないよ

この文章 お前はあっちから見ているかなぁ・・・  

Posted by くみちょう at 20:36Comments(0)まじめ

2013年03月24日

【後悔しているあなたへ】

【後悔しているあなたへ】
~後悔したこと 失敗したことがあなたの成長の証です~





後悔しているあなたへ

「どうしてあんなことしたんだろう」
「どうしてこうしなかったんだろう」
「失敗したことをなかったことにしたい」
「過去に戻ってやりなおしたい」

それが後悔だと思います

「後ろを向いて 悔いている」
「過去を見て やりなおしたい」と思う

でも もし望み通りに「過去に戻れた」として
あなたは「後悔しない選択」をできるのでしょうか

やってしまった「失敗」
やらずに嘆いている「失敗」

その体験があるからこそ
「後悔」しているからこそ
その「失敗」があるからこそ

いま自分はよりよい選択ができるようになっている

「後悔」【できる】自分になっている


もしその失敗がなかったら
もし本当に過去に戻れたとしたら

また同じ失敗をするでしょう

だって その時の自分にとっては
「最善の方法」をとった結果が「失敗」だったのだから

「失敗」をしない自分と
「失敗」を経験した自分

「後悔」していない自分と
「後悔」した自分


「失敗」したからこそ
「後悔」したからこそ
いまよりよい選択ができる自分になっている

それがまさに成長したってこと


心の底から「後悔」して
「失敗」を悔やむからこそ 成長できる

たっぷりと「悔やんで」ください
たっぷりと「嘆いて」ください

それがこれからの人生をより豊かにすることにつながるのだから


私にとっての本当の【後悔】とは
「失敗」したにも関わらず「後悔」せずに
そのまま流してしまうこと

それが私にとっての本当の【失敗】であり【後悔】です

【後悔しない生き方】とは
そういうことではないでしょうか  


Posted by くみちょう at 17:35Comments(1)まじめ

2013年03月23日

【自意識過剰】

【自意識過剰】
~精神が参っている時は
すべてが自分を責めているように感じる~

昨日「たばこ」の記事をアップしたところ
「おれのことを批判しやがって!!!」
というメッセージが具体的に「2通」届きました

同じ人ではなく「まったく関係ないだろう人」から2通
言い方はまったく違うけれども
言いたいことはこうだろうな
と「感じた」ことを要約してみますと

※ 要約
「私はいろいろな考えがあって
冷静な 客観的な主張しているのですが
そんなたとえ話を出してまで私を批判するんですか!?
やっぱり宗教やっている人は決めつけてくるから危ないwww」

(私の感じた要約ですので
相手の主張と食い違っている可能性があります
・・・というよりは二人とも
【たとえ話】しかしてこないので
本当に私のことを言っているのか
違うことを言っているのかすらも不明)

だそうです


単にこれを
「ああっ 困ったもんだ」
と思わないで 一歩ひいてよく考えてみる・・・


【ああっ 自分も同じだ】と

完全なる【思い込み】であり【被害妄想】なんですが
「自分の気持ち」が落ち込んでいる時
タイヘンな時って そう思えてくるんですよね


ちょっとした程度の差こそあれ
自分が参っている時は 同じように感じる
いろんなことが ものが 人が
自分を責めているように感じられるんですよね

そしてそのイライラも含めて 人に当たってしまう


今回のこのメッセージはそのことを
客観視することができました

今回は「マジマジと」そのことを感じました


これで1週間 自分の気持ちが妙に落ち込んでいて
それと向き合っていたのですが・・・

そうか そういうことか・・・ 


本当に【たばこのポイ捨て】という
たったひとつの具体的な問題点を挙げただけなのに

そうじゃない人たちが
【おれ(私)のこと批判するんですか!!!】
と怒ってきた





ここから先が私の課題なのですが

私はそういう人たちに対して
【過剰反応】をしてしまっているんですよね

一つの理由は
「自分自身が 弱っている人の気持ちになって
【なんとかしたい】と想いがちな部分」

もう一つが まさに上記の人たちと同じ
【単に過剰反応している】部分
「おれを攻撃するのか!!」という気持ち

人を助けたいと思う気持ちは悪いものではないですが
同調すればするほど そうした人たちを呼び寄せることになる


【仕事】としてそれをやっている
カウンセリングをしたいってことならいざ知らず
仕事ではないところでもそれをやっていたら・・・
正直「キリがない」んですよね

そこはきちんと「いまの自分は被害妄想になっている
【余計なおせっかい】をしている
そこまで考えなくてもいいよ」
と自分のことを赦すことができるようにすることが
自分自身の課題だと そうつくづく感じました


やっぱりこうした
「心が弱っている時の自分」とも
向き合うことって大切ですよね♪

いろんなことが見える
いろんなことがわかる
いろんなことに気が付ける


いいことです♪(^^)

どこまでいっても謙虚に
できていない自分を見つめて生きていきたいものです


さあ こころと身体をすっきりさせるためにも
ランニング行ってきまーす!!!

今日も一日 何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 05:47Comments(0)まじめ

2013年03月19日

【焦らない】

【焦らない】
~早く進みたい時ほど計画的に~

おはようございます♪
最近の自分の生き方の中に
「焦らない」
というのがキーワードとして入ってきたことに
改めて気が付くことができたくみちょうです





「できていない」時ほど
「焦る自分」がどこかにいて

自分だけならまだしも
いろんな人を巻き込むようになってきた現在
「焦る」ってことは
他者を急かせることになる

もし「早く進みたい」のであれば
だからこそ「計画的に」「焦らずに」
一つ一つを階段踏んでいくようにしたいものです

焦っていると
失敗がすごく悔やまれるようになってしまいます
失敗しても悔やまない
それを次のステップにできる自分でありたいですね


さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  

Posted by くみちょう at 10:00Comments(0)まじめ

2013年03月13日

欠点が見えるのは成長の証

何もわからない時は 欠点もなにもわからない

だけど ある程度熟達すると
何が足りていないのかが見えてくるようになる

そこで「絶望」してやめるのか
「もっとがんばろう」と思うのか
「できることからやろう」と思うのか
「楽しんでやれればいいや」と思うのか





いずれにしても
欠点や足りないところが見えてきたら
それこそが成長の証なんですよね

私は「もっとがんばろう」と
「楽しんでやれればいいや」の半々をいったりきたりかな  

Posted by くみちょう at 12:00Comments(0)まじめ

2013年03月12日

【復讐は 何よりも自分が後悔する】

【復讐は 何よりも自分が後悔する】
~だけどその時我慢できる人は少ない~

自分の過去の出来事もそうですし
いろんな人から相談を受けたりしていますが
【復讐】って やった本人が後悔するんですよね
でもやってしまう





具体的には
「浮気」された女性が その相手の男性の「浮気事実」
をあちらこちらに宣伝してまわる
「いじめ」され続けた男性が
身体を鍛えてその相手を「いじめ」返す

人からそういった相談を受けた時に
なんとかその気持ちを受け止めて・・・
と思うんですが・・・

その時は「すっきりしました」と言ってもらえても
後日「やっぱり相手の姿を見たら我慢できなくなって
やっちゃいました」ってことが何度もありまして。。。

そして「あの時こまつさんに言ってもらったこと
【やると後悔するから・・・】ってことが
いまになってよくわかりました
なんでやっちゃったんだろう・・・」

って泣かれたこともあります

そんな他人事ばかりではなく
自分自身のことを思い返しても
【いざその時の感情の高ぶり】に左右されて
やってしまうってこと あるんですよね



【復讐は何よりも自分が後悔する】
それがわかっているのにしてしまう

それをなくすことができるようになれば
世の中もっと変わってくるだろうなーと思う今日この頃



・・・ちなみによくある議論
「そもそも先に悪いことをしたあっちが悪い!!!」
それはその通りなんですが
そこで仕返し 復讐すると永遠と続いてしまう
結局どこかで止めないといけないんですよね

・・・って言葉が「当事者じゃないから言えるんだ!!」
と言われてしまうとまたそれまでなんですが(^^;)

感情は大切ですが ふりまわされないようにしたいですね  
タグ :復讐相談


Posted by くみちょう at 12:00Comments(0)まじめ

2013年03月08日

【原体験は親との共通体験】

【原体験は親との共通体験】
~教育とは共育もの~

おはようございます
引き続き自分と向き合い続けのくみちょうです





写真は「あそびの市場」実施時の
お父さんがこどもと一緒になって
実験をやっているところです


いまになって母親と話をしていて出てくること
よく母親がまわりのお母さんたちからこう尋ねられたそうです
「小松さんちはどうやって勉強する子供に育てたの?」

それに対してうちの母親は
「一度も勉強しろって言った記憶がないですね」

いまでもうちの母親はいいます
「ラッキーだったのかな」と

でもそうじゃないなーと

うちの母親も父親も
わからないこととかあったり
調べものしたり
一生懸命何かに取り組んでいると
少なくともその横で一緒にいてくれたのを覚えています

たいていは一緒になってやってくれたり
やらないまでも終わるまで見ていてくれたり

それがあるからこそ
自分で追究し続けることができた


当たり前のことですが
「やっておけよ!!」
みたいな命令をされて継続しないし
ましてややる気なんておこるものじゃない

小さいころに親と一緒になってやったこと
そういったことが原記憶として残っていて
それが生きてくるのだと そう感じています


その意味で あそびの市場の実験というのは
はじめは「こどもにやらせたい」というような想いで
参加される親御さんが多いですが
実際に目の当たりにすると
「お父さん」や「お母さん」がハマる

「バナナで釘を打つ?そんなの液体窒素でしょ」
と知ってはいるけど 実際にやったことがある人はまずいない
やってみるとおもしろそうでやりたくなる

それを大人も一緒になってやって楽しむからこそ
子どもたちも余計に楽しみながらやれて 覚える

そういった「大人も本気で楽しめること」にこそ
学びの本質が 教育の本質があるのではないかと

教育とは共に育つ 「共育」である


そのことをつくづく感じるとともに
そうした「共育」をしてきてくれた
親や先生 友人たちに改めて感謝したいなと

それが私の人生を形作っています

さあ そんな原点を振り返れたことに感謝して

今日も一日何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪(*^^*)  


Posted by くみちょう at 06:13Comments(0)まじめ

2013年03月07日

【人は「頼りにされている」という感覚が欲しい】

【人は「頼りにされている」という感覚が欲しい】
~「頼りになる」だけでは足りない~

おはようございます♪

「頼りになる人になる」
というのが私の小さいころからの目標の一つでした
もっと言ってしまうと
「バカにされない人間になる」
というのが人生の目標でした

中学時代の文集の「夢」のコーナーに
そう書いていたくらいまじめにそう考えていましたし
いまでもその想いというのは強いです

おかげさまで
ある程度念願かなったというか
成長できたのかなと思うこととして
「人から頼りにされる」ことや
「いてくれて助かったよ」と言ってもらえることが
増えてきたなと感じております

すごくありがたいし
うれしいことなんですが・・・

人間それだけじゃダメなんだってこと
それでは限界がおとずれるってこと
それを実感しております


なぜなら
自分が頼られるようになってうれしかった
のと同じように
みんな「頼ってもらいたい」と思っているということ
そのためには「自分も人にお願いをできなくてはいけない」
ということ

「バカにされない人間になる」
という目標は一見よさそうに見えますが
「自分でなんでもできるようになる」
と考えて行動してきたため
「人に頼ることができない」
「まわりに期待をしていない」
「自分だけで解決しよう」
という部分が見え隠れしてしまい・・・

結果として人が離れていくこともあるのです


いまの自分の限界はそこにあるので
もっともっと人を頼れるようにしていくこと
その意味では「バカにされてもいい」
という受け止める姿勢が大切なんですよね





一本の大木に寄りかかるのではなく
森や林のようにたくさんの木々がまとまってひとつになる
そんな感覚で生きていきたいものです


さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう(*^^*)  

Posted by くみちょう at 07:16Comments(0)まじめ

2013年03月06日

【努力は本当に才能なのか】

【努力は本当に才能なのか】

こんにちわ♪
くみちょう@「努力を才能と言われると悔しい」です

なぜって?
過去にこんなやりとりがあったから

とある友人(以下友)「いいよなお前は 才能があって」

私「おれも昔そう思ってたよ。
でも才能じゃないよ。 毎日3時間練習し続けて
4年経ってようやくそれなりになったってだけだよ」

友「たった4年でうまくなったならそれは才能があるんだよ。
どんなに練習したってうまくならない人が
どれだけいると思ってるんだ!?」

私「いや・・・ホント才能ないし
昔からバカにされてきたからさ・・・
悔しいからうまくなってやると思って
ホント毎日がんばったからこそ・・・」

友「ふざけるな!!!それがおかしいって言ってるんだ!!
努力できることも才能なんだよ!!
結局お前の言葉はできる人の言葉なんだ!!
お前みたいなのが教育語ってるんじゃねー!!!」

・・・それ以降その友達とは疎遠になってしまいました





実際私は「努力も才能」と言われてしまうと
「じゃあ自分がこれまでやってきたことはなんだったのか?」
「がんばってきた」と思ったことはすべて「才能」の一言で
かたづけられたら・・・

「すべては生まれてきた時に決まっている」
そんなふうに言われてしまったら生きている意味が
どこにあるんだろうか?

と思ってしまったからです


というのが私の過去にありまして
いまでもぽちぽち言われることでもあります
正直悔しいというかイラっとくることもあるのですが・・・

でも最近ちょっとずつ思うのは
【努力は才能】って言葉は事実ではないかということ

まさにこの友達が怒った通り
【うまくいっていること】というのは
すべからく【人のおかげ】【みんなのおかげ】
【天の神様が授けてくれたもの】なんですよね

そこに感謝すべきであって
できていることを自分が自信を持ったり
自慢してはいけないってこと

具体例でいけば
歌が下手と言われて悔しくて毎日3時間歌ってうまくなった
足が遅いと言われて悔しくて毎日10km走った

一見して自分が努力したことのように見えるけど
実際には
「歌を歌うことの楽しさ」を父親が教えてくれたから
「運動することの楽しさ」を兄が教えてくれたから
それができたのであってそうしたところに気が付けずに
当たり前のように努力したと言ってる時点でダメなんですよね

つまり【努力】して身に着けたことも含めて
「よいこと」「才能」はすべて人のおかげとして感謝して生きる
ダメなところはすべて自分が怠けているだけとして受け止める

それを「卑屈」になるのではなく
こころの底から感謝して生きられるところまでいけば
【努力は才能】ってことになるのかなと

そんなことを感じております

でも・・・いまの自分はまだ
「がんばった自分を否定」された気がしてしまうのが
まだまだ心が狭いんだよなーと想ったりなんかして(笑)


自分の過去と向き合っているところで
「努力は才能」ってキーワードに反応した自分がいたので
まとめてみました

自分の恥ずかしいところをさらしておりますが
そんな感じです(^^;)


自分が育てた芽だとしても
そのために必要な「水」や「肥料」は
別の人が用意してくれたもの
そもそも「種」もどこかにあったものだとしたら・・・

そういうところまで配慮できる人間になりたいものです  


Posted by くみちょう at 12:56Comments(0)まじめ

2013年03月03日

死ぬときに後悔すること25

健康を大切にしなかったこと
たばこをやめなかったこと
生前の意思を示さなかったこと
治療の意味を見失ってしまったこと
自分のやりたいことをやらなかったこと
夢をかなえられなかったこと
悪事に手を染めたこと
感情に振り回された一生を過ごしたこと
他人に優しくなれなかったこと
自分が一番と信じて疑わなかったこと
遺産をどうするかを決めなかったこと
自分の葬儀を考えなかったこと
故郷に帰らなかったこと
美味しいものを食べておかなかったこと
仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
行きたい場所に旅行しなかったこと
会いたい人に会っておかなかったこと
記憶に残る恋愛をしなかったこと
結婚をしなかったこと
子供を育てなかったこと
子供を結婚させなかったこと
自分の生きた証を残さなかったこと
生と死の問題を乗り越えられなかったこと
神仏の教えをしらなかったこと
愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

「死ぬときに後悔すること25 大津秀一」




これからとりよせて読む予定です


  


Posted by くみちょう at 19:59Comments(0)まじめ