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Posted by 株式会社 群馬webコミュニケーション at

2012年12月16日

【結局最後は「個人」を見る】

【結局最後は「個人」を見る】
~誰かに依存していては先はない~

どこの政党が第一党になろうがなるまいが

「一人一人」が
「自分たちの未来は自分たちで切り拓く」という視点で行動し
「自分ひとりではできないこと」を
「みんなで協力し合う」という姿勢で生きていかない限り
世の中は変わらないし 不平不満はなくならない

「スーパーマン」があらわれて
世界を変えてくれることを願うということは
「悪魔」があらわれて
世界を崩壊させることを願うことと何も変わらない





巨木に集う草むらではなく
お互いがお互いを助け合う木々でありたいものです  

Posted by くみちょう at 21:27Comments(0)まじめ

2012年12月13日

【14年経って やっと悲しみ・怒りが喜びと感謝に】

【14年経って やっと悲しみ・怒りが喜びと感謝に】
~赦すってこういうことなのかもしれない~

本日 自分の出身高校である
富岡高校の教頭先生から電話がありまして

「昨日の上毛新聞オピニオン読みました
すごくよかった!!
コピーして生徒たちに配ろうと思ってますが
よろしいですか

またOBとして ぜひ顔も出してください」


14年前に 教育実習の時に味わった
悔しさと悲しみ・・・

自分が教員を目指した理由
すばらしい大人 尊敬できる大人としての
自分の恩師の先生のことを話して・・・
そうなりたいと話したのに

それを笑って否定された あの時
本当に 涙がとまらなかった

「自分はいったい何をやってきたんだろうか。。。」


正直 それを怒りのエネルギーにして
「絶対に見返してやる!!!」
そう思ってがんばってきた自分がいて。。。


いまいろんなところでお話させていただけるようになり
「そのおかげでいまの自分がいます 感謝です」
なんて言いながらも
どこか心の隅で「恨みを晴らしたい」
なんて負の感情が 思いがあったのは否めません


それが 今日こうして母校から連絡があり
自分がやってきたことがまちがいじゃなかったと
やっぱりこの想いでよかったんだと

そう確認が取れたことで
心の奥底からよろこびの涙が出てきました





あれを契機にして
本当にたくさんの人たちと出会い
学び 助けられてきて
そのおかげで いまの自分がいる

むしろ あの出来事がなかったとしたら・・・

いまからしたら それが起こらないことの方が怖い

心の奥底から
「あの時 自分の生き方を否定してもらえてよかった」
自分の人生を変えてくれて ありがとうございます
そう 今は思っています


振り返ってみると・・・

そんなたった一つの出来事を
自分の中で「納得できる過去」にするまで
14年もかかったんだなって・・・

これからも 自分の中で納得がいかなかったこと
怒りや欺瞞に満ちている過去が
こうして少しずつ納得できるものにできるように

そのためには
もっともっと 自分を磨き続けて
人によろこんでもらえる自分になって
助け 助けられる生き方をし続けたいと思います


14年もかかるあたり
自分のふがいなさがあふれておりますが(笑)
人よりは成長は遅いと思いますが
これからも少しずつ成長していきたいと思いますので
みなさま どうかよろしくお願いいたします
  


Posted by くみちょう at 21:30Comments(0)まじめ

2012年12月10日

「4日坊主でいい」





私は 自分がすごい人間ではないってことを
つくづく感じています

だからこそ努力して 自分を成長させていこうと
思っていろんなことにチャレンジしています

でも 当たり前ですがくじけたりやる気をなくします


世の中にたくさんある「すごい人」たちの本や
成功者達を見ていると
みなさん「毎日当たり前のように努力」をしています

でも それができないからといって
自分をダメだと思わないようにしたいですよね

私は 文章苦手で
「論文試験」で「零点」をとることがあるくらい
文章下手でどうにもなりませんでした

そんな私でも
毎日ブログを書き続けることで
5年経った今 「上毛新聞オピニオン」に
寄稿させていただけるようにまで
文章が上達しました


でも 続けてきた今だからこそ思いますが
いきなり「毎日絶対に欠かさずに5年とか続けなさい」
と言われていたら・・・ できなかったことだと思います

その時の自分にとって
すごく助けになった言葉 それが

「4日坊主でいい」

3日坊主と言われても しばらく間が空いても
またやりはじめたら4日の積み重ねになる

それを続けて 続けて

・・・ふと振り返ってみたら
「ああっ自分も積み重ねてきたものがあるんだな」と気がつける

その時改めて見直してみると
「あれっ 上達してるじゃん」と成長している自分に気がつける

それが自信になって
毎日続くようになり
より一層成長速度があがる


でも いきなり加速度的な成長なんか期待していたら
むしろ自分が潰れてしまう
やる気さえなくなってしまう


「4日坊主でいい」

私は 自分ができない人間だったからこそ
その言葉を励みにしてがんばれたなと
そう感じています

これからも できないからこそ
一般人だからこそ
それでもできることを模索して
やり続けたいと思っています  


Posted by くみちょう at 15:00Comments(0)まじめ

2012年12月05日

「発想の転換」

「発想の転換」
~角度を変えて考えてみる~

問題:工場でミスが多い(アメリカの事例)
うまくいかなかった解決策:生産性コンサルタントの起用。
うまくいった解決策:働いている人の呼び方を「Worker(労働者)」から「Craftsman(職人)」へ変えた。
→ 働いている人が誇りを持って仕事ができるようになり、ミスが減った。

<ネタ元>
「問題を違った角度から捉えてみるとシンプルな解決策が浮かんでくる」
http://2chcopipe.com/archives/51858971.html


こういう発想の転換ができる人ってすごいよね

というだけで終わらずに 自分もそう考えられるように
思考の訓練は常にやり続けたいと思います





原因と結果 を単純に見るだけではなく
現状をしっかりと認識したうえで
ひとつひとつ分解して分析する
そしてそもそもの「目的」を明確にした上で
その目的を達成するための施策を立て 実行する

できているようで できていない
特に「現状の認識」という真っ先に取り組むべき土台の段階で
「思い込み」や「認識不足」によってまちがった方向に進むことが
多々あるものです

気を付けないといけませんよね  

Posted by くみちょう at 21:00Comments(0)まじめ

2012年12月03日

【時間はつくるもの】

【時間はつくるもの】
~世の中のすべてから学べる
その応用 取り込む発想が大切~

「小松さんはホントにいろんなことを
やっていますが それをやるには
時間がかかると思いますが・・・どうしてるんですか?」

と聴かれたので 考えてまとめてみました

私の場合
「これやりたい!!」「おもしろそう!!!」
と思うと 寝ても覚めても どんな時でも
そのことばかり考えるようになります

たとえば「ゲームの攻略」
クリアするにはどうしたらいいのか?
ということを どんな時でも考えながらいます
そしてその観点で世の中を見るわけです

仕事場の整理整頓をしながら
「モノを動かせば解決するか」とか
食事をしながら
「エネルギーを回復すれば解決するか」とか
仕事でわからないことがあった時とか
「成長してできるようになるまでがんばるか」とか


同じように仕事も考える
「パソコンの仕事」をしていた時などは
食事の場にて
「この場所でパソコンはどこに使われているか
何台くらいパソコンが置いてあるのか
どんな使われた方をしているのか
そこに売り込む方法はあるのか」
なんてことを常に考える


意識さえしていれば
いろんなことがわかってくるし
世の中のたくさんのことがヒントになる

そうすることで
わざわざ「勉強時間を何時間とって・・・」
なんてしなくても たくさんの学びを得られるし
どんどんと深めていくことができる


・・・ということを話したところ
「そんなにいつも考えていたら疲れませんか?」と

うーん・・・
私は逆に「勉強するから ○時間机について
そのことだけを考えます」とか
「練習場に○時間籠る」とか
そういう方が疲れちゃいますね

むしろ「好きだ」とか「楽しい」とか
そんな感覚で 関連するおもしろそうなことを
あーでもない こーでもないと考えることが楽しいので
その感覚でやっていますよ♪

と言ったものの・・・

ふーむ・・・

人それぞれ 学び方や考え方って違うから
私のやり方がいい人もいるだろうし
そうじゃない人もいるってことで

それをするのが「疲れる」とか「大変」だと
自分が感じているうちは
別に無理してそれをする必要はないんだろうし

【それでもやらなくちゃいけないんです!!】というなら
必要性を感じているのだから
「時間はつくれるよね」ってことで


「でも忙しいんです」
ってことなら はじめから
「苦労して時間をつくったり考えたりするよりも
いまのままを選択している自分がいる」
ってことなんだから それでいいよね と

この言い方すると厳しいと言われることが多いけど
別に責める意味ではなく
そういうことだよねと思う今日この頃

逆に 「そうまでしてやりたいのか」
ということを自分に問うことになるので
自分の本気度がわかっていいなとか思っています





・・・ってやっぱり言ってることは厳しいのか?(^^;)  

Posted by くみちょう at 12:49Comments(0)まじめ

2012年11月27日

アドバイスは受け手が主役

【人の悪いところを見るのと反省は違う】
~ごちゃまぜにしないように注意~

「一言でいうと」
悪いところを見るのと 反省するのは違う

「具体的には」
人や自分ができていないところを見て
「違うだろ!!」「なんでできないんだ!!」
と怒ったり イライラしたりするのが
「悪いところを見る」という視点

反省するというのは
失敗したり ダメだったりしたという「結果」から
その「原因」を突き止めて改善しようとすること

その違いをきちんと認識した上で
「反省」は大切だけれど
「悪いところを見る」のは止めるようにしよう

「なぜならば」
悪いところばかり見ていると
見ている側もイライラするし
見られている側も嫌になってくる
「反省」の目的は「改善」することにあるので
イライラしてしまうと「改善」の意欲もなくなってしまう

「したがって」
イライラしたり いやにならないように「反省」することが
「改善」のために大切になってくる

「それを混同している人と比べて」
悪いところを指摘することばかりしている人がいる
聴くと「指摘しなくちゃ直らねぇ!!」と言うが
結果的に人は離れていくし 言うことも意味がなくなる
「よりよくなるためには・・・」
ということを意識した上で「反省」として
話ができるようになることで
「相手も受け入れやすく」なり 自分にとってもよくなる
そんな関係性を築いていきたいものです

「まとめると」
「悪いところを指摘」するのではなく
「失敗したら 次は成功するようにしよう」
という創意工夫を自分でできるように
アドバイスする感覚で「反省」を意識していきましょう





じっくり聴いてみると「大切なアドバイス」
「大切な視点」をいただける
そんなアドバイスをくれる人はたくさんいます
しかし惜しいことに「受け入れたくない」
と思わされてしまう言い方をしていることが多いんですよね

そこを「相手が受け入れやすくする」ことで
結果的に自分の意見・アドバイスが役に立つようになり
自分も満足できるのだから それがいいのだけれど・・・
という経験をたくさんしてきたので まとめてみました

かくいう私も そんなにできているわけではないので
自己反省をふまえて書いてみました


アドバイスの主体って
「する側」ではなく「受け取り手側」にあります
受け取るかどうかは相手次第

それに気が付けるとお互い楽になりますよね♪

さあ今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 07:00Comments(0)まじめ

2012年11月23日

【ケンカすることも時に必要!?】

【ケンカすることも時に必要!?】
~相手にしない というのが一番傷つく~

小さいころはケンカ三昧でした
兄弟げんかからはじまって
すぐカッとなっては相手に殴り掛かっていました

「そういうのはよくないな」と
思うようになってから
一切ケンカをしなくなりました

逆にいじめられるようにもなりました
それでもこちらからは手を出しませんでした

ある時キレて椅子を放り投げました
いじめは止みましたが 先生には怒られました

そこで身体を鍛えて
「あいつにケンカふっかけたり
いじめたら大変なことになりそうだ」
とまわりに思わせればいいと思うようになりました

それでも ケンカもいじめもなくなりませんでした

「無視するのが一番だ」と思うようになりました
ケンカやいじめをするような人間と
つきあってもいいことないから無視しよう

・・・
自分はすごく楽になったけど
ある時言われました
「こっちが大変な時に お前は逃げてしまった
そういう時にこそ一緒になって悩んだり苦しんだり
ケンカしたりするのが友達なんじゃないのか!!」


そこまで言われても
「私はケンカもしたくないし
にこにこ笑って過ごしたい」
そう思い 一瞬怒りが出てきても
「はい そういうことは誰にでもある
一日あけて 気持ちを落ち着かせた上で
明日またゆっくり話をしましょう」
と相手に呼びかけるようになった

・・・「なんで怒らないの!?
なんでこっちと向き合ってくれないの!?」
そう言われてより怒りを買うことになりました



どうやらケンカをすることも必要なようです
ケンカしない ということが
むしろ相手を傷つける
「なんでこっち向いてくれないの!?」と


このあたり 整理できないし 難しいんですが
「ケンカしたほうがいい」ということではなく
相手ときちんと向き合うための一つのツールが
「ケンカ」なのかもしれません

そんなことをしみじみと感じた今日この頃






さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう☆  


Posted by くみちょう at 07:00Comments(0)まじめ

2012年11月21日

行動こそ命

【自分の本質】
~行動こそが命~

自分にとって最も大切なことが何か気が付けました

それは【行動する】ということ


失敗しようが構わない
とにかくやってみる
実行する
行動する

その結果で物事動いていく
成功したらしたでよろこぶし
失敗したらしたで
「一つ試した 次にいこう」と納得できる


そのためには
「今の問題の原因は何か」を突き止めて
「それを改善しよう」と行動することが大切です

当たり前だけど
一つ一つそれらに取り組む以外に
やりようないですからね





ということで すっきりさっぱりしたところで

今日も一日 何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 05:00Comments(0)まじめ

2012年11月19日

その論理的思考に納得しました

了解できました

たしかにその思考をたどれば
その結論に至ると思います


ではこちらも結論を

まずこちらが言うべきことについて
「申し訳ございませんでした」
という謝罪をいたします

「自分が意図する・しない」に関わらず
結果として不利益を生じさせたことに対して
お詫びいたします 申し訳ありませんでした

また 気づいていない人たちもたくさんおりますが
私がした行為が一部の方にとっての
利益供与となり それが同時に多数のみなさまの
利益を損なうことにつながったこと

今回あなたのメッセージを拝見し
はじめてそうなることについて気が付くことができました

改めてお詫びいたします

同時にそのご指摘をいただけたことに感謝いたします

申し訳ございませんでした
ありがとうございました


以上です






ちなみに 私以外の方がどうとらえているのか
そもそもどうかかわっていたのか
などについては私は一切知りません

ですので 本記事については
私個人の見解でしかないことについては
ご了解いただけると幸いです
  

Posted by くみちょう at 20:14Comments(2)まじめ

2012年11月14日

トラオさんへ

個人のプライバシーの問題もあるのですが
曖昧な言い方だとむしろ伝わらないようでしたので
こうして記事にさせていただきます

私のところに個別でメッセージを送ってくださっている
「トラオ」さん宛てに送信させていただきます





先日も記事にさせていただきましたが
「私は一ブロガー」でしかないため
グンブロ管理者に提言できる立場でもなんでもありません

さらに 私は管理者でもなんでもないので
苦情その他を私のところに寄せられても
どうにも対応はとれません


その旨ご理解いただいた上で
これ以上私のもとにメッセージを送るのは
やめていただけたらと思います


この言葉を「嘘だ」とおっしゃるのであれば

私が責任者であるという根拠・理由
もしくは管理人に提言できる立場であるという根拠・理由

などを「コメント欄」に 誰が読んでも
「これが事実です」と理解できる形で
ご提示いただきたいと思います

それであれば公正公平に人の目にさらされた上で
事実がなんなのかが判明すると思います

本当は個別メッセージでもいいのですが
それでは私が握りつぶすかもしれない等の
可能性を否定できなくなりますので
この方法がよろしいかと思います

なお

「証拠は見せられませんが」とか
「あなたにはわからないでしょうが」とか
「わかる人にだけわかるのですが」とか
そういった言い回しをされてもどうにもなりません

あなたのメッセージを拝見する限り
「論理的説明」ができる方であり
「誰しもがわかる形で」
「メリット」や「デメリット」も提示できる方だと思います
納得できるようにご説明をお願いいたします


話をこじらせないためにも
そして何よりもトラオさん自身が
誤解や被害を被らないためにも

「事実」がなんなのか
「トラオさんは何をどうしたいのか」

といったことを 明記していただきたいと思います

いずれにしても
私に何かしらを訴えられてもどうにもなりません


逆に 本当に自分は困っている
なんとかしたいのだがなんともできない
その方法もわからない
だから相談をしたい

ということでしたら
直接お会いしてそのお話をお伺いすることも可能です

信じられないということでしたら
場所を高崎警察署の中で 日程を合わせて
警察の方の立会いの元にお話をする等も準備できます
そうすれば私が何かしらの隠蔽を図ろうとしたら
警察の方によって私が止められることになります

いずれにしても
「事実」でないことをもって
「なんとかしてほしい」と言われても
私はどうにもできないということ

ご理解いただけたらと思います

以上よろしくお願いいたします


※ 単なる個人批判 根拠がないと思われる発言等は
 当事者からの削除依頼があった際には
 その旨 コメントに記載した上で 確認の上
 削除する可能性があることを
 ご了承いただけたらと思います  

Posted by くみちょう at 13:00Comments(4)まじめ

2012年11月09日

私はグンブロの管理人ではありませんよ

この記事は 誤解されていらっしゃる方のために書きました

もし「なんのことかわからない」という方に関しては
読む必要のない記事だと思います
ということを前提の上で お読みくださいませ



どうやら私のことを
「グンブロの管理人」
「グンブロの開発者」

だと「勘違い」をされている方がいらっしゃるようです


このまま放置しておこうかとも考えましたが
「勘違い」をされたままですと
むしろその方がほかの方から誤解を受けたり
被害をこうむることも考えられましたので
こうして記事として書かせていただくことにしました



改めて確認ですが
私はただの一ブロガーであって
管理人でもなければ
開発者でもありません
彼らから何かしらの依頼・委託を受けている等もありません




誤解されている方が
これ以上無駄な時間 無駄な労力を費やすことが
ないようにと思い 書かせていただきました

なお たくさんのメッセージをいただきましたこと
この場を借りて感謝申し上げます

いろんな見識をお持ちで
また実践の経験もおありのようで
その見識を活かした
たくさんの知識をいただくことができました

ありがとうございます


以上です






文章だけだと 誤解されやすくなりますよね
これからもそうした誤解が少しでもなくなるように
こころがけていきたいと思います  

Posted by くみちょう at 06:00Comments(0)まじめ

2012年11月05日

【「失敗」にこそ人生の旨味がある】

【「失敗」にこそ人生の旨味がある】
~本当の自分は「失敗」が何より好きだった~

ここ数日いろんなことを思い返して
そしていろんな人と話をして
「本当に自分がやりたいこと」ってなんだろうか
ということについて つくづく考えることになった

そしてたどりついたのは

【「失敗」にこそ人生の旨味がある】

という これまでの自分の人生経験を
包み隠さず話すことでした

正直犯罪まがいなこともしてきました
保育園・小学校時代の悪さしてきたこと
中学校・高校・大学時代に
気が済むまでいろんなことに挑戦してきたこと
人にはむかうことも含めて・・・

そうした小さいころ 学生時代に散々失敗して
悪いこともして 悔しい想いもしてきたからこそ
今の自分があるわけで

でもこの話をすると
「悪いことしてもいいんだ」
と単純に極解されてしまうことが怖くて
さらに言うと それを助長していると取られて
自分に避難が集まることが嫌で
言わないできたことがたくさんある

でも 今の私はつくづく想う
「ああっ いい人生のネタがたーくさんあるって
しあわせだなぁ」と

自分の実体験を話すだけでも
何十時間も話せるし セミナーができる
何より いろんな勉強してきたことよりも
何百倍も説得力のある言葉が紡ぎだされること


表面の取り繕ったことは言いたくなくて
本気で自分が思って取り組んできたこと
本気でやって失敗して悔しい思いをしたこと
そうしたことしか伝えられないし伝わらない


そして それでどんびきされてもいい
そんな私でもいいと言ってくれる人がいる

そこに目を向けて生きていくことが
自分の人生の楽しみなんだから

やっぱり失敗こそ人生を豊かにするんだよ!!
もっとみんな失敗して 悩み苦しみまくろうぜ!!!
そこから得るものこそ 最高のしあわせの元なんだから!!!





・・・って あーあ 最近は「いい子」で
おとなしく生きていたのになぁ・・・

「バカ魂」に火が付いちゃった(笑)

ということで 暴れるための準備を整えようっと☆

ひゃっほーい!!!(≧▽≦)  


Posted by くみちょう at 22:00Comments(0)まじめ

2012年11月03日

【自分の中にみなさんが存在している】

【自分の中にみなさんが存在している】
~私の成長は 人を自分の中に取り込むことにある~

「一言でいうと」
私の成長の秘訣 それは
人を自分の中に取り込んでいくこと にあります

「具体的には」
「株式会社そうじの力」の小早さん
「道端にごみが落ちていたら
文句言うのではなく自分が拾う
これで問題が解決する」
という生き方を実践されております

以前の私は 落ちているごみを見かけたら
「なんでこんなところにポイ捨てするかな」
と怒りを覚えていただけでしたが
「あっ 小早さんならここで拾うな」
と思い浮かぶようになり
いまでは私もちょこちょことごみ拾いをする
ようになりました

「なぜならば」
人は自分を変えようとか 成長させようと思ったところで
簡単に変わるものではない
だからこそ 指針となる人 目指す目標
自分にとって尊敬できる人 実践している人
の姿を具体的に自分の中に投影することで
「その人だったらどう行動するのか」
を常に自分の行動に落とし込んでいくことで
少しずつ自分を変えていくことがしやすくなる

「したがって」
【人を自分の中に取り込んでいく】ために
まずはそうした「尊敬できる人」
「指針となる人」を見つけて
そうした人たちと多く触れ合うことによって
自分の中に彼らを取り込んでいくことが大切です

「ただ自分を鍛えようとしていたころと比べて」
単純に自分を鍛えようとしていたころは
「成長した」と思っても 他人から
「まだ足りない」「そうじゃないんだ」
と怒られることで 自信をなくしていた
しかし「自分が尊敬する人のやり方」を取り入れることで
「自信を持って行動できる」ようになった
そのおかげで 悩んだり苦しんだりする回数が減り
前を向いて堂々と進めるようになった

「まとめると」
自分の周囲に「尊敬」できる人がどれだけ多くいるかが
そしてその人たちに感謝できる生き方ができれば
それがまさに成長の証です






私の中に多くの人たちがいます
そのおかげで道を曲げずに今こうして生きていられます
本当にありがとうございます

いま私のまわりにいる人たちは
後悔しない生き方をして
日々の活動に感謝して
毎日を堂々と生きていて
日夜自分を振り返り それを未来に活かす

そんな人たちがたくさんいます
本当にありがたいですね


さあ そんな感謝を実感して
うれし涙を流したところで

今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 08:00Comments(0)まじめ

2012年10月29日

自分との向き合い方

【自己との対話の仕方はいろいろある】
~やりやすい方法で対話すればいいよね~

人から「相談があるんですが・・・」
と言われて いろいろと聴いて
「どうしたらいいですか?」とアドバイスを求められる
その時に
「○○という方法で××すれば□□になりますよ
大変かもしれませんが、一歩踏み出しましょう」
とアドバイスをしてもしっくりこない
もしくは行動できない人に

「タロット占い」をして

今回 「愚者」のカードが出ています
これって「純粋な気持ち」をあらわしているんですよね
あなたの中に「本当はこうなりたい こうしたい」
という想いがある
だけど いまその自分の想いと向き合えていない
という意味なんですが・・・どうですか?

と投げかけると
「ああっそうです!!!そうなんですよね。
やっぱりそこに向き合っていきたいと思います!!
すごく納得できました。ありがとうございます!!」
ってなることが往々にしてあるんですよね





このあたり「向き合い方の違い」な気がしています
「言葉で明確にされる」よりも
むしろ「タロットカード」の絵柄から
「その人個人が感じるおぼろげなもの」を
大切にする・・・
というのが合っている人もいるわけで。


一般的には 女性にはそういう接し方のほうが
しっくりくることが多いですよね。
逆に男性は「そんなタロットなんかでオレの何がわかる!?」
というタイプの人が多いわけで。

まあそこは使い分けておりますが。

いずれにしても 自分の内面との向き合い方って
たーくさん方法があるから
それだけ見てても面白いですよね♪  


Posted by くみちょう at 18:00Comments(0)まじめ

2012年10月28日

背中で育ててくれた人に感謝

【人は無意識に学んでいる】
~背中で育ててくれた人に感謝~

「感謝」って 日常だとか
日々の当たり前の生活の中にあると
それをつくづく感じています

なぜか

それは「学ぼう」と意識してきたことよりも
「気づいたら身についていた」ことの方が
大切なことが多いと気が付けたから

自分の手料理がつくれるのは
親がいつも手料理を食べさせてくれていたから

礼儀正しいと人から言われるのは
親が礼儀をしっかりしていたから

・・・
日々の生活の中で「あたりまえ」のように感じていた
一つ一つの出来事こそが
人生の中で大切な学びになっていたということ

それにこそ「感謝」できる人間になりたいものです





「日常の中から学ぶ」
陽明学の考え方ですが
これが本質だと そう感じています

それを背中で示してくれてきた
多くの大人たちに 感謝いたします

その恩返しは 
今度は自分が背中を示すことにある

日々の生活を
人に自信を持って示せる人でありたいものです  


Posted by くみちょう at 18:00Comments(0)まじめ

2012年10月27日

常識ってどこで学びましたか?

【常識 ってどこで身に着けるもの?】
~わからないことを素直にわからないと聴ける世界に~

「私 姑さんとケンカしちゃうんです!!
嫁失格なんです!!どうしたらいいんですか!?」

以前子育て無料相談会を開催した際に
ある奥様からこんな質問をされました


その時の私は
「だいじょうぶですよ。誰でもケンカくらいしますよ。」
そうお話しましたところ

「そうなんですか・・・ホントによかった・・・
【そんなの言わなくてもわかるだろ!?】
【常識で考えろよ!!!】
って怒られると思ったら誰にも話せなくて・・・
ありがとうございます!!」

そう言ってすっきりした顔で帰られました


さて みなさんはこの話を聴いてどう思いますか

「そんなの常識だろ!?」と思いましたか
それとも「そうだよね。悩むよね」と共感しましたか

正直、その時の私も
「おいおい、ひとなんだからケンカくらいして
あたりまえじゃないか。何言ってるの?」
と思ったのは否定しません

でも このことって どこで学んだのでしょうか
「そんなの わざわざ学ばなくても
自然と身に着けるだろ?
だから【常識】なんじゃないの?」

そう考えていままで生きてきましたが・・・
私自身「常識知らず」な部分も多々ありまして。

そうして改めて振り返ってみて思うわけです
【常識ってどこでどうやって身に着けるの?】と

たとえば、「味噌汁の作り方」
私は「誰でもそのくらいつくれるよ」と思っていましたが
ある友達はつくれませんでした
「ごはんの炊き方」
笑い話のようでしたが
「洗剤を入れて研ぐ」というのをしているのを
見たことがあります

彼らを「常識知らず」として責めていいのだろうか

私は「ねじのまわし方」を知りませんでした
原則として「左にまわす」と「ゆるめる」
「右にまわす」と「しめる」ことになります
【常識だ】と言われました みなさんは知っていましたか





「常識」って言葉は怖い言葉だとつくづく思います
それは 上記のとおり
「そのことを人に尋ねること自体が恥」だとされていること

わからなかったとしてもいまさら聴けないんですよね
これほど性質の悪いことってないんじゃないかって

冒頭の主婦の話
笑い話として笑ったあなた

そんなあなたにも
「こんなこといまさら聴けないよね」
ということがあるんじゃないですか

私は そんな意味で
「わからないことがあったら素直にわからないと聴ける世界」
を これからつくっていきたいなと

なによりも 自分自身がそういう生き方を
していきたいと考えています

みなさん どうお考えですか  


Posted by くみちょう at 21:30Comments(0)まじめ

2012年10月26日

【納得のいく絵が描けないから破いて捨てた】

【納得のいく絵が描けないから破いて捨てた】
~小中学時代の私の美術感~

私は風景画が大好きです
自分が気に入った風景を
鉛筆で描写することに関しては
集中するとほかのことが
まったく見えなくなるくらいに
ずっとそればかりやっています

で 鉛筆画の時には
まわりのみなさんや 先生からも
よく褒められました

「すごいね!!!」と

自分でも好きで描いているので
納得だし 出来上がりも好きなんです


でもいざ色付けになると
私は「大嫌い」になります

なぜなら「私が感じている風景」にならないから





いま目の前で私が感じている景色
その色合いと
絵具でつくった色がどうでも合わない・・・
出そうとしても出せない・・・

たった一色つくるのに
1~2時間かけて 挙句納得いかないで
破り捨てるなんてことも多々ありまして・・・

小学生時代も 中学生時代も
実はまともに提出したことがありません

「納得のいかないものなんて提出したくないっ!!!」と

いま考えると 本当に「芸術家」のような
そんな生き方をしていたんだなって

当時の私を知る先生は
「小松は芸術家になるものだと思っていたよ」
と言われたりもしております

・・・ふつうそんなことしないよね?(^^;)

ちなみに・・・
いまでもよく覚えておりますが

6時間かけて色塗りまで終わりにする授業で
だいたい5時間くらいかけて鉛筆で線画を描いて
そこで満足して終わりにしたものです
いや それ以上描くと
「不満ばかりになる」とわかっていたから・・・


まあでも最後は無理やり「塗れ」と言われて

「灰色一色で塗りつぶす
水色一色で塗りつぶす」

をして提出しては「もったいない・・・」と
言われながら成績がつかなかったものです


・・・こうして振り返ると
つくづく私という人間は
「先生泣かせ」だったんですよね。。。
そんな私が教員を目指していたのだから
世の中っておもしろいものです

そして辞めて今に至るのもまた
当然のことなのかもしれませんね

  

Posted by くみちょう at 21:49Comments(0)まじめ

2012年10月25日

【再現性があるかないか】

【再現性があるかないか】
~簡単に取り組めて ある程度の結果が期待できるかどうか~

「一言でいうと」
再現性があるかどうかが
教育を行う上では重要です

「具体的には」
ダイエットの方法
私の場合「毎日10km走って夕食を抜いています
これで2か月で10kg痩せました」といったところで
それを実践できる人は少ない
そうではなく
「さきいか」を食べるとよく噛むことになって
「食べた気になるから 痩せられるよ」
というのは「再現性」があるので
人に伝える時には有効です

「なぜならば」
教育というのは
一定の水準にすることが大切であり
「誰しもが」「一定の成果をあげられる」
という「再現性」があってこそ意味があるものだから

「したがって」
誰もマネできそうもない
もしくは マネできたとしても
対象が限られてしまう方法は
あまり教育には向かないということになる

「そのことに配慮しなかったいままでは」
「いい方法教えてください!!」
と言われたときに
自分にとっていい方法
自分にとって効果があった方法ばかりを
人に伝えていた
しかしそれでは意味がないことが多かった
もちろんそれが合う人もいるのだが
時と場合を考えた上で
少数対象のことを言うのではなく
「再現性」が高いものをいうことを意識していきたい

「まとめると」
人からアドバイスを求められた際には
その人が「再現できるかどうか」を
配慮してアドバイスをすることをこころがけていきます






本日 私の好きな探偵である「テイタン」の渡邉さんの
お話をうかがってきました
「おもしろいなー!!!」
と個人的には思ったし 感じるところもあったのですが
・・・ふと「プレゼン道場」でやっていることと
合わせて考えてみたときに・・・
「再現性」という観点で難しいということに気が付きました

「本人のキャラクター」を活かした
すばらしい講演でしたが
おそらく同じ話をほかの人がしてもダメなんですよね

そのあたり「教育」ということで考えた場合には
「誰でもができる」やり方を意識したい
少なくとも「多数の人」が対象となるようなやり方を
伝えるようにしていかないと ってことなんですよね

・・・私は 比較的「自分だけのオリジナルのやり方」で
物事を進めたり 学んだりしてきているので
そのあたりが「長所」「魅力」にもなっていますが
同時に「欠点」でもあるんだなってこと

そこの出し入れを意識してできるようになると
よりよい自分になれるなと思いました

むずかしいけど・・・意識してやっていきたいと思います  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(0)まじめ

2012年10月20日

【人を責めても何も解決しない】

【人を責めても何も解決しない】
~相手を理解しなければ会話は成立しない~

「笑顔でいることでしあわせ」
ってことで 朝にその実例と踏まえて書きましたが
以下その続きになります


数年前の自分は
こういうときに「笑顔はダメだ!!!」
と言ってきたこの親御さんや ほかの先生に対して
「怒り」に似た感情を抱いていました
「笑顔でいるほうがいいのに、
この人たちはなぜそうやって嫌がらせをするのか!!!」と。

でも いまの自分ならこう思います
「たしかに、そういう生き方もあるな
でも このご両親や ほかの先生は
どうしてそういう生き方になったのだろうか と。
そして そもそも本当に「笑顔はダメ」と思っているのだろうか

1.本当は笑顔でいたいけどできない
という悔しさも込めて言っている
2.本当に心から「笑顔でないほうがいい」と思っている

この二択で考えても
これから先どうするかはまったく違ってくる
2であれば、それはそれで人の生き方なので
文句をつけるつもりもない

でも1だったとしたら・・・

こちらがただ怒ったとしても
むしろ逆効果だよな。
こうして関わったからには
その人にもしあわせを感じてもらえたらうれしいから
どうしたらそうなれるか 考えてみよう。。。

という形で一歩待つことができるようになっています
それがいまの自分と 過去の自分の違いです





結局、「子供が苦しんでますよ!!」といって
そこでその親御さんなりを責めたところで何も解決しない
むしろ悪化する可能性のほうが高い

そうではない解決をしなくちゃと思うのですが・・・
いかんせん 「子供を早く助けたい!!!」とか思えば思うほど
攻撃する方向で思考が傾くので
気をつけなくちゃいけないんですよね


というのが 長年こうした活動にたずさわってきた中で
自分が実感してきたことです

甘いと言われようが何と言われようが
私はそうしていきたいと思います  


Posted by くみちょう at 12:30Comments(0)まじめ

2012年10月20日

【笑ってちゃいけないんですか?】

【笑ってちゃいけないんですか?】
~笑顔で過ごすことの大切さ~

何度も振り返りたいので
あらためて過去のことを書いてみようと思います


数年前のこと
中学2年生の女の子から
「他の人に内緒で話がしたい」
ということで 話を聴きました

ほかの人に聴かれない場所にいって
さてそのこの子が言ってきたのはなにか。

それは

「ねぇ、なんで先生はいつも笑顔なの?」

まさか、そんなことを言われるとは思いませんでした。
ちょっとびっくりしましたが、
だからこそ、頭の中に浮かんできた自分の本音を
話すしかなかったので、そのまま話しました。

「笑顔でいる方がしあわせだし、楽しいからだよ。」

すると、その子は、こんなふうに返してきました。

「ホントに笑顔だとしあわせになれるの?
他の先生や お父さんやお母さんは
【世の中は厳しい。
しあわせになるためにはがんばらなきゃいけない。
笑顔でなんかいられないんだよ】って言ってる。
ホントに、笑顔だとしあわせになれるの?」

そうか、そう言われちゃうんだ、って。
それに対しての答えは、
当時の私の中では浮かんできませんでした。
確かに、言うとおり世の中は厳しいのかもしれない。
私みたいに笑っていられるのは、
それはただ単に私が恵まれているだけかもしれない。
・・・そういったことが、一瞬の間に頭の中を駆け巡りました。

でも、最後に自分の口を出た言葉は、次のようなものでした。

「そっか。。。でも先生はホントに、
笑顔でいるからしあわせになってるよ。
それならなんで●●さんは、先生のところに来たの?」

質問を返されるとは思っていなかったようで、
その子はちょっと戸惑っていましたが、
こんな答えを返してくれました。

「えっ、だって先生といると、楽しいから」

「でしょ?一緒にいて楽しい方がいいに決まってるじゃん!!
みんなが笑顔になれば、みんな楽しくて、しあわせでしょ?
そう思わない?」

その時に、「うんっ!!!」
って力強くうなづいてくれた子どもの顔、
いまもはっきりと思い出します。





「目の前にいる子どもたちが、
笑顔で私に近づいてきて、話しかけてくれる」

子どもに限らず、笑顔でいたら、
笑顔であいさつしてくれたり、
笑顔で返されたりして。

当たり前なんだけど、その当たり前が、
私にとってしあわせの瞬間なんだってこと、
それを感じることができた瞬間でした。


自分は、こうして生きていきたいんだなって、
それはまちがいないと、
自分の中でそう言い切れる、そんな事例でした

折に触れて
自分の生き方を確認する意味でも
ふりかえっておきたいことです

さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
笑顔で楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 07:00Comments(0)まじめ

2012年10月12日

許容範囲を考える

【許容範囲を考える】
~オーバーしてたら捨てる 手放す~

「一言でいうと」
自分の許容量をオーバーしていたら
捨てる 手放すことが必要になる

「具体的には」
冷蔵庫の中身
賞味期限が切れたり 腐らせたり
使わないで長いこと放置されているものがあったら
それは「自分が管理しきれない」
つまりは「管理の許容量を超えている」ってこと
だから もったいないと思っても捨てることが必要

「なぜならば」
いくらもったいないと思ったところで
使えない 使わないのであれば意味はない
それなら 捨てて 手放して
すっきりしている状態の方が
冷蔵庫にも負担にならないし
なによりも自分自身が 大切なものに
時間をかけたり 手間をかけたり
することができるようになる

「したがって」
自分の許容量 つまりは
「管理の限界点」を知ることができると
捨てる 手放すことも容易になる

「許容量について考えていなかった時と比べて」
せっかく手に入れたのにもったいない
という気持ちばかりが大きくなって
捨てられない 手放せないまま時が過ぎた
結果として そうした不要物に埋もれることで
大切にしなくちゃいけないものまで
見えなくなってしまっていた

持っているものは使いこんで 使いこなしてこそ意味がある
それができないならば 手放すことが大切です

「まとめると」
自分の許容量を知り
不要なものは手放して生きていきましょう





「不要なものなんてない!!!全部使う!!!」
と思わず言ってしまうこともあります
でも 本当に「必要」で「使っている」なら
「ほこりかぶった」りするなんてことはないですよね

季節限定で使うものだとしても
本当に大切なら「きちんと保管されている」ハズ
身の回りにあるもので
「ほこりかぶっている」ものだとか
「賞味期限が切れている食べ物」だとか
ぜーんぶ捨てちゃえばいいんですよね

思い切って捨ててみると
「やっぱり使わないや」ってこともわかるし
逆に
「これは使ったからやはり持っていよう」
と改めて大切にする必要性にも気が付ける

ちなみに・・・
自分の「許容量」が大きい人は
どんなにたくさんものがあっても
すべて使いこなすことができるので
それはそれで問題ないんですよね

・・・まあそんな人ほとんど見たことありませんが(^^;)

そんなわけで 日々ため込もうとする自分を振り返って
手放す 捨てるの繰り返しです

大切なものをより大切にするためにも
不要なものは手放さないとね  


Posted by くみちょう at 18:00Comments(2)まじめ

2012年10月10日

【何がネックなのかを考える】

【何がネックなのかを考える】
~突き詰めて根本を知ろう~

「一言でいうと」
問題があったら
それを突き詰めて根本を知るようにしよう

「具体的には」
ダイエットしたいと思っているのに
なぜか継続しない 一歩踏み出せない場合
突き詰めると「いまのままでいいや」
と思う心の割合が大きいことを確認する
さらに突き詰めると
「結局人からどう言われようが思われようが
自分がしたくないだけ」というのが見えてくる
その最後の「自分の決断」のところまで
突き詰めることをすると納得ができる

「なぜならば」
たいていの理由は「表面的」で
そこの原因は「他人が○○と言ったから」
「まわりから○○と思われたくないから」
などの理由であることが多い
しかしそれでは「自発的」ではないため
「やらされている感」ばかり大きくて
結局一歩踏み出せないままに終わってしまう

「したがって」
そもそも本当にそれをやりたいのかどうか
やる必要性に迫られているのか
どうしてもやりたいという自分の根源的な欲求があるのか
といったところを突き詰めて考えることで
多くの問題が解決できるようになる

「根本を考えずにきた今までは」
そうして突き詰めることって
自分を痛めつけたり いじめたりしている
という感覚がどこかにあった
がそれ自体がまわりからの評価や風潮に
ゆだねていた結果であり
本音のところでは「向き合いたい」と考えている
自分を見つけることができた
そこに向き合うからこそ根本の解決
本当の問題解決につながることをまじまじと感じました

「まとめると」
問題の根幹の多くは
【本当に自分がそれをしたいのか】
という自分への問いかけが不足しているから
改めて 自分へ突き詰めて問いかけなおしてみよう





「なんで」
という言葉を使って突き詰める方法とかもありますし
「自然の中に入って自分と対話する」
なんて方法もあります

自分にあった方法でいいので
どこかで「自分と突き詰めて対話する」ことが
大切だと つくづく感じています

ということで
今日もたくさんのことが学べそうです♪楽しみだ☆
そんなわけで
今日も一日 何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(0)まじめ

2012年09月27日

無意識に出る一言で人は傷つく

~○○さんはできるのになんであなたは。。。~

ココロの中に広がる波紋

それって 思った以上に自分の中で
波紋として広がり いろんなところに影響を与えるものです





みなさんは 自分の過去を振り返ったときに
「ショックだった一言」って何を思い浮かべますか

いろんな人と話したり
相談を受けたりする中で
よく出てくる言葉 それが

「○○さんはできるのに なんであなたはできないの?」

これ 教育相談 子育て相談をしているときに
よーく出てきます
しかもこれって 「今の親御さん世代」だけではなく
「おばあちゃん」や「おじいちゃん」たちと話しても出てきます

「お兄ちゃんはできるのに なんで弟はできないの?」
その逆で
「弟はできるのに なんでお兄ちゃんなのにできないの?」

「妹がかたづけ上手なのに おねえちゃんができないなんて・・・」

「おねえちゃんは料理ができるのに 妹のあなたも少しは見習ったら?」

言う側は「なんとはなしに出た言葉」だったり
「思わずつぶやいてしまった一言」
なんでしょうけども

これ、言われた側は「ショック」なんですよね。

大人になってもそれって尾をひいていて
「子育ては兄貴に負けない!!」
「おれのほうが金儲けは上手だ!!」
「人付き合いはおれのほうが広い!!!」
「私のほうが・・・」
「おれのほうが・・・」

なーんてことを兄弟 姉妹間で思ったり やってしまいませんか

それと 同級生間とかでも

「○○さんちの××くんはできるのに なんであなたは・・・」

これ 育てている親の視点で行くと
「別に責めようと思ったわけじゃなくて
同じように育てているつもりなのになんでなんだろうという
疑問で出ちゃった言葉なんだけど・・・気にしていたの?」
なんて言われたりすることもよくあります

どころか「そんなこと言ったっけ?」なんてことも

でもね これって思った以上に
自分のココロの中に蓄積されているものなんですよ


みなさんも そんなショックだった一言ってありませんか
そのわりに 自分が親になると
同じことを自分の子供に言ってしまっている・・・


こういう一言を ちょっとした気遣いの中で
言わないでとどめることができるだけで
人って変わっていけると そう感じています

【人と比べても意味がないよ】
とか言っておきながら
無意識にこうして比べる発言をしていないかどうか

もう一度自分を振り返ってみたいものです  


Posted by くみちょう at 18:00Comments(0)まじめ

2012年09月26日

【「誰でもできる」 がポイント】

【「誰でもできる」 がポイント】
~そのための階段をつくりましょう~

「一言でいうと」
誰でもやれる仕組みづくりが大切です

「具体的には」
著名なみなさんの実践は
すばらしいし名言至言も多いですが
「どうせすごい人たちのことだから・・・」
と感心はしても実行に至らないことが多い

「なぜならば」
当たり前のことのように見えて
実践している内容をまじまじと見ると
【大きな一歩】であることが多々ある

「したがって」
言っていること やっていることをさらに細かく分解し
誰でも踏み出せる一歩に大きさを変えることで
「どんな人でも実践できる形式」
にすることが大切です

「そこを無視してしまうと」
どこまでいっても
「やる人はやるけど やらない人はやらない」
というままで進んでしまう
そうではなく「やらなかった人もやれるようになる」
という新たな一歩を踏み出したいものです

「まとめると」
誰でもやれる仕組みづくりをして
みんなで成長しあえる世界にしましょう





私の尊敬する大谷更生さんの
「3年後のあなたが後悔しないために今すぐやるべきこと」
がまさにわかりやすい具体例ですが
「誰でもすぐ取り組める」ように工夫をしてあること
それがなによりもすばらしいなと感じております

やれる人だけがやる
というのは これまでの歴史の中でもたくさんあった
でも それでは過去の歴史と同じで
「やる気のある一部の人たち」が亡くなれば
またもとに戻ってしまうことになる

一人一人が変わることができる
それには時間がかかるけれど
それも踏まえたうえで じっくり取り組んでいきましょう

100年後の未来がよい世界になることを目指して・・・

道がないなら切り拓けばいいのだ  


Posted by くみちょう at 18:00Comments(0)まじめ

2012年09月22日

【3日坊主を4日坊主にしよう】

【3日坊主を4日坊主にしよう】
~いきなりすごいことやらなくてもいい~

「一言でいうと」
【3日坊主を4日坊主にしよう】

「具体的には」
いいな と思ったことや
それすごいな と感じたこと
こうしてみよう と決意したこと
なんでもいいからやってみる
その時はたとえ続かなくてもいい
あとで振り返って「やっぱりやろう」
とまたはじめれば

「なぜならば」
人はそんなに強くはない
すごい人 すごいことほど継続の中で生まれるが
いきなりそれを目指すと 心がなえたり
できないとあきらめてしまうことにもなる

「したがって」
3日坊主でもいいから
やってみることの方が大切です

「その気楽さを実感する前と比べて」
どこかで完成したものを求める心があるうちは
なにもできないままに終わっていた
「なんだよ やるといったくせに継続できてないじゃん!!」
たとえそう言われたとしてもいい
一度でも手を付けたことには
またいつでも戻ることができる

「まとめると」
凡人でも 誰でもができること
それは手を付けてやってみること
「3日坊主でいい それを4日坊主にしよう」
それがいまの私の生き方です





いきなり富士山の頂上を目指したって
たいていは途中で断念することになる
「でもそれでいいじゃない」
富士山の頂上を目指したという履歴があれば
またいつでも登りたくなった時に
登りなおせばいいのだから

難しいことを考えたり やろうとするより
できる範囲でいいから手を付けること
そのほうがいいなと つくづく感じています


さあ 今日も一日
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(0)まじめ

2012年09月15日

【行動こそが勝負】

【行動こそが勝負】
~未来の自分はどうなっていたいのか~

おはようございます♪




写真は、100歳を迎えられてますます元気に
活動されている「日野原重明」さんです

「参考サイト」
「生きかた上手 いきいき」


100歳の大先輩が「行動こそが勝負です」と言っています

行動をし続けている人と
なんとなくやったつもりで何もしていない人

「自分が将来どういう大人になりたいか
どういうシニアになりたいか
どういう人生を送りたいか」

その問いかけをした時に結論が出る
そんな大切な問いかけをいただきました

「やろうと思うだけでは
やらないことと同じです
行動こそが勝負です」


毎日勝負していきましょう♪

今日も一日 何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう☆

まずは早朝ランニングからスタートです♪
いってきまーす!!!(≧▽≦)  

Posted by くみちょう at 04:44Comments(0)まじめ

2012年09月08日

感情のコントロール

【感情のコントロール】
~感情は大切だけど 後悔はしないようにしよう~

人から相談を受けることが多いので
その時によく感じること
それが【一時の感情に流されない】ことの大切さ
特にそれで出てくるのが
「人を貶める行為」である場合には
注意しなくちゃいけないなと思うわけです

【感情のコントロール】については
自分自身も常に課題として取り組みながらも
できない部分が大きいので
具体例も含めてまとめてみたいと思います

ちょっと重めの具体例ですが
そのほうが「感情に流された」という後悔が
伝わるかと思ったので 実例を紹介いたします



「感情に流された具体例」
~浮気された彼氏に復讐した話~

「彼氏が浮気してるんです!!
復讐したい!!どういう復讐がいいですか!?」
こんな相談が私のもとに舞い込んできました

私は「復讐するということには手を貸せません」
と言って終わりにしてもよかったのですが
それでは相談にはなりませんので

「とにかく 話をじっくり聞かせてもらえますか
私が嘘を言って迷惑かけるたんじゃ仕方ないので。
直接お話をじっくり聞かせてもらいたいと思います」

ということで
直接 じっくりとお話を伺うことにしました
その詳細ははぶきますが
現実的に彼氏が浮気している事実
苦しんでいる気持ちはよくわかりまして

・・・ちなみに 電話での一報を聴いた瞬間に
「復讐はだめだよ!!」というのが
私の脳内に浮かんできたわけですが
それを言うのは私の押しつけにしかならないので

じっくりと本人がどうしたいのかを聴いた上で
「自分の気持ちに決着をつけたい」という
本人の想いを確認し
「その決着のつけ方は 復讐でいいのか?」
ということも話し合った結果として
「復讐はできればしたくない 決着をつけたいだけ
話し合いで解決できればそれがいい」
ということになりました

「そういうことでしたら
お手伝いができると思います」

そこで私は その相手も呼んで
私の目の前で落ち着いてじっくり話をしてもらいました

人って 直接対話をすると
「頭の中で悪い想像の連鎖」をしていたことが
「事実」を目の前にして「違った」と確認ができ
すっきりすることも多いんですよね

今回も 直接対談をすることで
「ありがとうございました」
と納得して 二人は正式に別れることで
その場は決着が着きました

「よかった」

そう安堵したのですが

・・・どうも私は一抹の不安を感じたので
すっきりしている状態の彼女に
もう一度最後にお話をしました

「すっきりしている今だからこそ
改めてお話をしておきたいと思います
【復讐】はしないほうがいいですよ

いまはよくても ふとした時に先ほどの怒りが
ふたたびこみあげてきたりするものです
でもその時はしてやったと思っても
必ず後悔することになるので やめましょう
相手の評判も下がりますが
なによりあなた自身の評判が下がります
そうなったら私も悔しいですから」

そうつけくわえました

「わかりました 復讐はしません。
そこまでご心配いただいたこと感謝します。
ありがとうございます!!!」

・・・そう言ってその時はお開きになったのですが・・・


後日電話がかかってきて・・・
「あれだけ言われたのに 復讐しちゃいました・・・
でも やって後悔してるんです!!!
・・・どうしたらいいですか?」

泣きながら声を聴いたときに
つくづく感じました

「感情のコントロールって
わかったつもりでできないんだよな・・・」と


感情って大切です

でも その感情に流されてしまった結果
「後悔」してしまうのはどうかな と
上記の事例も
それですっきりしたから 自分がその後
どう言われようが どう評価されようがいい
というなら別にかまわないのですが・・・

多く後悔する結果になるんですよね

でも わかっていても感情に流されてしまう

それも含めて経験で
あとで笑って話せるようになれば

よりよいこれからをつくる糧になれば
それでいいんですけどね

なかなか そうはいかないものです

上記のような事例ほどではないにしろ
自分もまだまだ感情に流されてしまうことが
あるので 改めて気を付けたいなと思う今日この頃です

・・・それでも やっちゃうのが
人間の感情ってものなんだよな・・・


余裕がある時にはいいけど
余裕がない時にはやっちゃう

ではなく 余裕がない時でも
最低限超えちゃいけないラインを守れるように
自分の中で何かしらの「余裕をとり戻す方法」を
つくっておきたいものですよね





ちなみに 私にとってのその方法は
「今日一日何が起きても感謝で受け止める一日にします」
という毎朝の言葉だったりします

怒りを感じた時ほど 「ここでそれをぶつけたら
今日の夜 後悔しながら振り返ることにならないかい?
それって本当に感謝できることになるの?」
そう自分に語りかけるもう一人の自分を
内側につくることにつながっているから。。。


・・・ってそれも完璧じゃないんですけどね(笑)
まあそんな自分も含めて
人間やってておもしろいなと思う自分がいるわけですが(爆)  


Posted by くみちょう at 02:30Comments(2)まじめ

2012年09月04日

パブリックコメントを書いてみました

「パブリックコメントを書きました」
ぜひみなさんも難しくはないので
パブリックコメントを書いて 高崎市に意見をしましょう♪

「ひとりひとりが声を出すことが
これからのまちづくりには最も大切なことです」





「パブリックコメント 高崎都市集客施設基本計画(案)」
http://www.city.takasaki.gunma.jp/comment/toshishukyaku/kihon-plan.htm

~以下私の素案~

高崎市パブリックコメント意見提出様式
高崎市都市集客施設基本計画(案)に関する意見・提言

意見・提言の内容

【「箱ありき」ではなく 「人ありき」のまちづくり】

 高崎の未来をよりよいものにしたい。そのために高崎の独自性をもっと高めていきたい。という目的・理念に関しては、高崎に住む者として共通の思いがあります。ぜひとも活性化していきたいし、高崎という都市を全国に発信、そして全国からマネされるようなそんな都市にしていきたいと思っております。
 ただ、そのための「方法」として「施設建設」という方法がはたして適切であるのか、ということに関して疑問を感じておりますので、投げかけさせていただきたいと思います。

「高崎のブランド力」を高める という言葉がプランの中に見受けられますが、それは「施設」である「ハードウェア」よりも「その内容」となる「ソフトウェア」のほうが重要ではないでしょうか。これまでも多く、箱モノが建てられては失敗してきた事例があります。建設前は「多くの来場者が・・・」「多くの利用者が・・・」と言っていたものがなぜに利用されないのか。また、昨今の「商店街の空洞化」もそうですが「商店街活性化」についても、なぜ人が来ないのか。私は学生時代からそうしたまちづくり活動を実践し、そして自らも商売をして、失敗してきたことも踏まえて言えば、それはそもそも「魅力的な商品がない状態」で「いいことやってるんだから人が来て当然」というような「上から目線」の経営をしてしまっているからではないでしょうか。

 他地域のまちづくり等でも成功しているところは、またビジネスが成功しているお店、会社はすべからく「お客様目線」での活動をしております。そこは「立派な本社ビル」を建てることで「アピール」するのではなく、提供している商品・サービスのひとつひとつを工夫したり、気持ちを込めたりするからこそ「お客様」「利用者」が増えているのだということ。
 またそういったお店・会社・地域ほど「みんなでともにつくりあげる」ということをしております。静岡県の三島市の例でいけば「清流」で有名だったまちが、高度経済成長を経て「泥水が流れる汚泥の町」になっていました。しかし、それを変えたのはそこに住むみんなが協力し合い「川の掃除」をするところからはじまり、自分たちでキレイにしたという「自負」だからこそもっと大切にしたいという「想い」ができたからこそ、いま全国から人が集まるような、そんな観光地として復活を遂げております。
 そこにはじめから「巨額の設備投資」を入れて「きれいにしました」「立派な施設をつくりました」としたところで、魂の込められていない偶像ができていただけになります。
過去、多くの箱モノと呼ばれる施設が失敗してきた理由がそこにあるのであれば、なおのこと、まず高崎市としてやるべきことは「魂」をこめられるようなソフトウェアづくり、さらに言ってしまえばその根本をなす「人づくり」をすることが大前提ではないでしょうか。
 現状、この「高崎パブリックセンター」がそのための施設になるとはどうしても思えません。「どこかの誰かがいい施設をつくってくれたらしいよ」そんな言い方されるような施設が、魂がこもるとも思えませんし、ましてや人が集まる、大切にされる、地域の拠点となるとは思えません。
 
 あらためまして「本当にこの施設が必要であるのか」ということ 高崎に住むみなさんが「自分たちでつくりあげた」と思える「心のこもった」「大切にしたい」「みんなで盛り上げていきたい」と思える施設になるのか
 ということを再度ご検討いただき
 そうしたことをきちんとみんなで話し合えるように
 みんながそう思って協力して活動していける
 「土壌づくり」「人づくり」を進めていって
 いただけたらと そう思います

何か新しい動きをしよう つくりあげようという思いはすばらしいと思います。そのための一歩としての 意思表示も含めてのランドマークの設立 そうしたことをしようと思うこともまた気持ちとしてはよくわかるものです。

しかしそれで失敗した多くの先人たちの事例を前にして
いま自分たちがやっていくまちづくりとは

【「箱ありき」ではなく 「人ありき」のまちづくり】
だと思いますので ぜひそうしていっていただきたいと思います

高崎を 群馬を愛するものとして
ぜひともご検討いただけたらと思います

ご意見をこうして集めていただきありがとうございました
少しでも何かお役に立てたらと思います

小松愼二


~以上~

というのを素案にして もう少し推敲したものを
高崎市に提出したいと思います  


Posted by くみちょう at 10:00Comments(2)まじめ

2012年09月01日

霊感やヒーリング能力とかって

私は信じていますし
自分自身にもあると感じています

ということでこの記事は
論理性とかまったくなしで
自分の感覚のお話をしたいと思います





心があたたかくなるような人と出会うと
というか一緒にいると
「ほんわか」したものを感じられると思います

私はそれがその人が持っている「気の流れ」だと思っていまして
「この人といると癒されるなぁ♪」
って人と一緒にいる時には その流れに身を任せるようにしています

同じように
「この場所いいなあ」と思える場所に行って
その場所と一体化するようなイメージでいることで
自分の中の淀んでいたものが溶けてなくなり
ふんわかとした中に包み込まれるような感覚になります

で それを繰り返していると
同じように自分の中にある「気の流れ」を感じるようになりますよね
それを 自分の身体の中でぐるぐると対流させてみたり

あたまのてっぺんから新しいエネルギーが入ってきて
足のつま先から出て行くイメージを持って
深呼吸しながらやっていくと すごくスッキリしたり
リフレッシュできたりするわけです


よく 早朝ランニングをしていた時には
上記の流れをそのままにします

日の出の太陽のエネルギーをいただいて
自分の中に溜まったものを吐き出して
リフレッシュするイメージをしているのですが
これがすっごくすっきりするんですよね



・・・ということで
自分自身はそういうのを信じているし
実際にやっているし 活用もしているわけですが・・・

そこに対する論理的説明だとか
根拠だとかはなーんにもないので

これを元にお金をいただくような商売をしたり
人にやらせようとかは一切考えておりません

ただ「それ ぜひやってみたいんだけど」
という人にはお伝えしている・・・ってところでしょうか


こういうのって 信じている人たちだけやればいいものであって
強制するものでもないし
何かと対立するものでもないんだけど ね

しかし 世の中にはこれを悪用する人がいて
悪徳商法しはじめるから 誤解されたり
人からあらぬ疑いを受けたり 距離を置かれたりするわけですが

自分はそういうことはしていないよ
と言ったところで
まあ 別に離れる人は離れていくものだし
それを止めようとする気もなくなった最近の私としては

こういう話をしてもいいのかなあと思ったので書いてみました♪

あースッキリした(笑)


実は一度もヨガとかヒーリングとか
そういうのをやったことがないので
自分の実体験の中で培ってきたこれらのことが
みなさんがやっているのとどう関連しているのか
いつかはやってみたいなと思っていたりなんかしてます


たぶんこういう世界もまた楽しいんだよなー♪  


Posted by くみちょう at 20:00Comments(2)まじめ

2012年08月30日

楽しいこと 笑顔が多い方へ

【自分の本質】
~楽しいこと 笑顔が多い方へ~

私の人生
「一言で言うと」
「楽しむ」ってことです

「具体的には」
私自身が一緒にいて楽しい人になることで
まわりも笑顔が増え 笑顔の人と一緒にいることで
私もより一層楽しく過ごせることです

「なぜならば」
笑顔でにこにこいられることが一番「楽」で
これに関しては「楽」な生き方でいいと思っているから

「したがって」
そんな「楽」をするためには
当たり前ですが苦労したり 苦しんだり 悩んだり
そんなことも含めて 様々なことに取り組むからこそ
「楽しく」生きることができる

「悪いことをするのもありなのかと言うと」
一見すると「悪いこと」をすることが
「楽しい」とか「楽」だと思うかもしれません
しかし 悪いことというのはたいてい「目先の利益」のみです
人生ならして見てみると その後の大変さを考えると
今の目の前の苦しみや大変さがあったとしても
のちの笑顔や楽しみのためには
「そのくらい受け入れて行こう」という気持ちになります

「まとめると」
私の人生は 苦しみや悲しみ 悩みも含めて
みんなが最後は笑顔でいられる
なにより自分自身が笑顔でいられる世界をつくること
それが「人生を楽しむ」という生き方であり
私がこれからもやり続けたいことです





「なんでそんなに多趣味なの?」
「真逆なこととかなんで好きなの?」
「本当のあなたはどっちなの?」

というようなことをよく言われるので
あらためて自分のことを振り返ってみました

ここに関して 軸はブレていません
途中途中で 悩んだり苦しんだりした時に
泣きごとのようなことがでたり
人に対してうらみごとがでたりもしますが
そんなのも含めて「楽しむ」の範疇です♪

何事も スムーズにできすぎるとおもしろくもなんともない
ボウリングは ガーターがあるからこそおもしろい
失敗するかもしれない というリスクがあるから
成功した 時のよろこびは大きいし 意味がある


そんな感じで これからも人生楽しみ続けたいと思います

今日もすがすがしい一日が過ごせそうです
何が起きても感謝で受け止める一日にします
楽しんでいきましょう♪  


Posted by くみちょう at 05:00Comments(0)まじめ